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男は少女を誘拐する

 此の世には限りなく善意を持った者、善意はあるけど中途半端な者、善意と悪意が極めて近く拮抗する者、悪意はあるけど中途半端な者、悪意を持った者の五種類に分かれます。

 善意を持った者は常に世界は薔薇色に満ちており、何時か必ず平和は訪れると信じて止まないのです。こうして軍に依ってほぼ軟禁状態でありながらも私は信じているのです。此の力を持つ意味も私自身が生まれて来た意味も全ては何れ平和が訪れる事を信じているからなのです。

 でも現実とは残酷に出来ております。私の両親は権力争いの最中に殺され、幼い私は従兄弟で力無き者の次に皇帝に最も近い継承者として祭り上げられました。其れはもう一人の従兄弟にして天賦の才を持つ彼よりも優先されて。其の理由は今でも疑問に思う事はあります。でも、両親が死んでしまった今では此の継承権を大事に取って自らの道を進みたいと存じます。其れが両親から貰った命なのです。だからこうして私は自由が保障されない中で受け入れるのです、自らの運命を。

「皇女殿下様、窓の方に近付いては成りません」

「其の声……入る時はノックをしなさいって何度も言ってるでしょう、ハーデス中将」

「おや、そんな事がルール付けされたのですか?」

「違います。此れは世界に於ける不変のルールです」

「不変ですか、其れは気付きませんでしたな」

 大男の名前は『バルマリィ・ハーデス』……アドヴァニア帝国軍コスモス担当司令を務める二メートル超の軍人。私の軟禁を命じた傲岸不遜な態度が如何も気に成る男。そんな男はマントを羽織って私の元に近付きます。

「何の御用なの?」

「ええ、実は野党を一匹……捕えましてね」

「そんな報告の為に私の所にわざわざ戸を叩かずにやって来たのですか?」

「いや、実は其の男……昔馴染みでしてね。軍を解雇された後に嫌がらせの如く城で乱暴狼藉と盗みを働いておりまして、今日漸く捕える事に成功しました」

「昔馴染みでしたら余計に貴方にとって心苦しいでしょう?」

「そんな事は一切ない。噂の範疇に過ぎませんが、奴は士官学校で採点者を脅した挙句に最下位合格をするという不正疑惑がありましてね……然も合格後は度重なる命令無視と上官殺しとも取れる乱暴狼藉、更には少し注意した同僚に対して弾避けにして自分だけ助かる等素行は士官学校時代から変わらなくて当時校長を務めた私としましては何時か謀殺してやろうかと思っておりましたのでね」

「す、凄い経歴ですね。士官学校の頃からそんな問題児だったのですね。でも幾ら素行が酷いからって其処迄酷く言わなくても良いと思います」

「面を見れば直ぐに銃殺に処したく成る男ですよ、皇女殿下様。だが、此処迄生きたのは正に運の分け目を見極める天性の生存能力の賜物でしょう……まあ其れも明日で終わらせるがね」

「そう、処断するのですね……でもわざわざ私の所に明日死ぬ罪人の事を告げなくて良いと思います」

「いや、念には念だ。奴は助からないかも知れない状況でも巧みな話術と常人では考えられないやり方で皇女殿下様の所迄逃げ込むでしょう……其の時は姫様は正当防衛でぶち殺して構いません」

「言葉が汚いです、ハーデス中将。そうゆうのは品行方正に反します」

「奴なら何を言っても構わん。世の中には品行方正で貫く必要がない屑が沢山いる者ですよ。貴方はもう少し汚れてないと駄目ですね……では失礼」

「お大事に、バルマリィ・ハーデス……」やっぱりハーデス中将は好きに成れません--言葉の節々に無視出来ない悪意が見え隠れする……だから話をすだけで気分が悪くなるのです、私がこうして少し大人気ない態度に成りますが。

 そんな私は『リーン・アンドロメダル』……今宵も月は綺麗ですね!

更新日:2019-02-18 06:52:41

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