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第二章

「どうして……なんでなんだ!なんであんな女なんかに……!どうして……どうして僕じゃ駄目なんだ!!」
 クライアス社のあざばぶ支店の中で、ビシンは荒れていた。あの女、とはほまれのことだろう。ハリーは自分のものだと思っている彼にとっては、彼女は目障りな存在以外の何物でもなかった。
 謎めいた液体の入った大きなカプセル……少し前までリストルが入っていたそれをサンドバッグのように何度も殴打するが傷一つつかない。これもドクター・トラウムの発明、並大抵の力で壊れるような代物ではない。
「ずいぶんと荒れているな」
「リストル……」
 彼の様子を見に来たリストルがため息混じりに声をかけた。こいつを地下牢から出した自分の判断は本当に正しかったのだろうか。悔やむ、ということはないだろうが彼はクライアス社にとって諸刃の剣となりうる凶暴性を持っていることは十分すぎるほどに理解していた。
「リストル……どうして……どうして!ハリーは……ハリーは僕のものにならないんだ……っ!なんで……なんであんな女のところになんて行くんだ……!」
 ビシンの悲痛な叫びは部屋の中を響き、空気を甲高く振動させる。彼の瞳には純粋な闇が広がっている。
「……プリキュアか」
 リストルもプリキュアという存在は警戒している。そして、理解し難かった。どうしてあれだけのアスパワワを生み出すことができるのかもわからなかったが、それ以上に何が彼女たちへ引き付ける力を持っているのか。チャラリート、パップルをはじめ元幹部たちはプリキュアたちと直接対決した後退社し新たなビジネスを楽しんでいるらしい。RUR-9500はあろうことか自らがプリキュアに変身し、今やクライアス社の脅威になってしまっている。彼女たちには一体何があるというのだろうか。彼にはやはり、わからなかった。
「リストル、ビシン」
 部屋の中にもう一人、男が入ってくる。その手には不気味な文様の入った本が開かれていた。そう、彼こそがジョージ・クライ。クライアス社を束ねる男。
「「プレジデント・クライ……」」
 だがビシンにとっては会社の中での立場などどうでもいいこと。クライに詰め寄って自身の心の内を止めることなく吐露する。
「プレジデント・クライ……!どうしてなんだ……っ!どうして……どうしてハリーは僕に振り向いてくれないんだ……!」
 一社員の分際で社長にこの態度とはなかなかに失礼なことではあるが、クライの心の広さはそんなことならば簡単に包み込んでくれる。
 こういうのはどうだろう、とノートをビシンに渡す。そこに書いてあった文字を読んだビシンの目は大きく見開かれ、やがて不敵な笑みを浮かべる。
「プレジデント・クライ。いったい何をお考えなのでしょうか」
 リストルも少しだけ興味があった。今の反応からするにプリキュアを倒すための策ということに間違いはないだろう。ただ、今まで社長自らがその策を講じることがなかった。どれだけ精巧な策となっているのか、それを知りたかったのだ。別に次のために、とは言わない。次に……と考えてしまった時点でそれ即ち彼の作戦が失敗することを意味する。絶対的権威に対してそのような考えを抱くなど、おこがましいにもほどがあった。
 ビシンは爪を噛むのをやめ、上機嫌になっている。さぞ素晴らしい案なのだろう。しかし、「見ればわかるよ」と言ってプレジデント・クライは結局私には教えずに部屋を出て行ってしまった。
「これでようやく……ようやくだ……!ハリーがようやく僕のものになるんだ……!」
 そう言い残すと、彼もまた部屋を出る。
「……一度見てみたかったものだ……」
 暗く不気味な部屋には、リストル一人だけが取り残されてしまった。

更新日:2018-12-06 15:48:17

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