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(4)まさかツバメのように

 夏美は相変わらずほとんど自分の部屋に閉じこもってばかりいて、日中出掛ける時はいつもツバメのいる喫茶店に顔を出していた。喫茶店ではツバメが飛び交う姿を、窓辺の席でずっと眺めていた。そして他の客の座席がなくなる様子を伺って、お店に迷惑ならないように何時間でも夏美はツバメを見つめていた。

 そしてそんな夏美の傍らに、盛んに姿を現していたのが祖母だった。最近の祖母は自殺した母親の血が夏美の中にも流れていることを、遠まわしに匂わせることが度々あった。折に触れて夏美の様子を伺っている祖母にとって、夏美は目が離せない状況と写っているようだった。

 祖母は最近夏美に、《最後の最後まで自分には優しくあって欲しい》と口にすることが多くなっていた。間接的にその言葉で祖母が夏美に何を言いたかったのか、夏美には判然としていなかった。勿論夏美は今の何もする気になれでいる自分自身を、追い詰めるつもりなど全くなかった。

 もともと夏美は自分にも他人にも、短所や間違いに対して厳しい態度で接するということなど苦手だった。寧ろそれより本来の姿がそこにあるのであれば、仕方のないことと思う傾向が強かった。それがいいことなのかどうか、夏美は今の今まで判らないままだった。

 年老いた祖母に22歳にもなってまで心配をかけていることに、夏美は心苦しくさえ思っていた。恐らく祖母はいつか夏美に、はっきりと自殺した母親の真似をするようなことはしないでと話してくるに違いないと夏美は思っていた。そんな心配を祖母にさせているかと思うと、夏美は何とか祖母を安心させてあげることができる夏美に生まれ変わらなければと考えていた。

 一体夏美は自分自身でも自分がもう限界まで辿り着いてしまっているのかさえ分からなかったが、しかし祖母にそれを不安にさせるほどの状態になってしまっているのかどうか考え続けていた。自分の限界というものを知ることさえ出来れば、祖母に余計な心配を掛けないで済むのにと夏美はぼんやりと考えていた。

 寧ろ最近では祖母の心配が正に当たっているのではないかと、夏美は考えるようにさえなっていた。祖母の直感を信じるのであれば、夏美は自己防衛するためにも今のままであり続けることは許されないことなのかもしれなかった。何かをしなければと夏美は考えるのだが、身体がもう付いて行かなくなっていた。

 祖母とのある意味息詰まるようなやり取りが続く中で、その困惑から逃げ出したいと夏美は考えて最近ツバメの巣のある喫茶店によく顔をだしてくれていた遥斗に自分の想いをありのまま聞いて欲しいと考えるようになっていた。そしてそこにはもう今更の話ではあったが、遥斗が夏美の知らない航太の何かを知っているように思えてもいた。

 そのことだけは、いずれにしてもはっきりとさせておかなければと夏美はずっと考えていた。そう言えば祖母はしきりと夏美に《最後の最後まで自分には優しくあって欲しい》と話すが、最近の遥斗は話に行き詰まると《お前自分を大切にしろよ》とある時など唐突に話すことさえあった。

 そんなことも今度遥斗に逢えたら何故そんな言葉を夏美に投げ掛けるのか、訊いてみたいとも夏美は思ってもいた。ひょっとしたら夏美が心を開いて遥斗に向き合うことが、正に遥斗の言う《自分を大切にする》ことに繋がるかもしれなかった。

 今となっては不思議と航太よりも遥斗の姿の方を、夏美は思い浮かべることが増えてきていた。こんな気持ちをどう受け止めたらいいのか夏美は戸惑いを覚えていた。ただ間違いなく今の夏美に持ち合わせていない何かを、遥斗の中に夏美は感じてもいた。それが何なのかは夏美には分からかった。

更新日:2018-09-03 16:51:13

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