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小説

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~ 今の生活 ~

 生きにくい生活を続けていた桐野は、グリーンスマイルという植物を扱う会社に再就職した。店舗や商業施設、またはオフィスなどに観葉植物を設置し快適な雰囲気を演出する仕事だ。
 オフィス関係の仕事が中心になっていて、配送・設置・手入れ・交換なども行うため、ほとんど毎日外回りが主になる。もちろんトラックからの積み下ろしもするので、大型の観葉植物を扱うときはそれなりの力が必要だ。
 小さな会社だったが、幸いなことに獣人は勤めていなかった。新入社員で入ってこなければいいけれど、と心配もした。しかし勤続二年半、今のところ会社では獣人に遭遇していない。

 そしてある事件が桐野を襲い、それを解決してくれたのが香神明良という男だった。
 彼はまさかの獣人で、そして桐野の腕に傷を付けたあの黒豹だった。再会したときは驚いたが、ストーカーから体を張って守ってくれて、怪我ひとつなく今に至る。
 今はそんな香神と、恋人という関係でいるのだ。

「そういえば、まだ返済は終わってなかったな」

 桐野の部屋にやって来た香神が、真面目な顔でコーヒーを飲みながら唐突にそんなことを言い出した。何事? と首を傾げて右に座る香神を見やった。

「返済、ですか? もしかして……」
「お前を護衛した際にかかった費用だ」
「分割でって……お願いしたじゃないですか」
「それは聞いた。今日はそのうちの一部返済をしてもらおうと、思って来た」

 なんとなく香神の言い方は的を射ない。奥歯に物が詰まったようで気持ち悪く、桐野は眉間に皺を作った。

(分割の一部を返済……って、一体どういう……)

 そう考えて、香神の凜々しい横顔を見つめた。そしてその意味をじわじわと思い知る。

「こ、香神さん。そういうことを真面目な口調と顔で言わないでくださいよ」
「どういうことだ?」
「だってそれって……その、あれですよね?」

 桐野だって上手く言えていないのだが、それは羞恥のせいだ。ラグの上にあぐらを掻いて座っていた桐野だったが、なぜか正座に座り直した。

「あれってなんだ? ちゃんと言って欲しいな」

 意地悪い言い方にムッとして彼を軽く睨んだが、それ以上に鋭く、そして色っぽくこちらを見つめているものだから、視線を逸らすのは桐野の方だった。

「香神さんは……その、返済のためだけにここに来て、俺と……その、する、んですか?」

 最後の方が口ごもるようにそう言って、きゅっと唇を噛んだ。好きだと言ってくれて、桐野も同じ気持ちで、通じ合って恋人になったはずではないのか。
 それなのに返済の為にセックスをするのなら、そんなのはいらないと思った。

「どうした? 俺と寝るのは嫌か?」
「そ、そうじゃないです! でも、費用返済の口実で寝るのは、嫌、です……」

 香神が本気でそんな風に思っているなんて、桐野だって考えていない。けれど口に出してそう言われると不安になるのだ。
 真面目だけれど不器用な彼であることは分かっている。それでもやはり愛情表現に返済を持ち出して欲しくない。

「そうだな。悪かった。それとこれを一緒にした俺が悪い。ただその――お前のことを抱きたいとき、どう言えばいいのか……」

 珍しく香神が言葉を詰まらせた。驚いて顔を上げ、桐野は目を見開いて瞬きをする。
 正面を向いてコーヒーを飲んでいた香神が、そんな視線に気付いてこちらを向いた。なんと彼の目元がほんの少しだけ赤らんでいたのだ。

(もしかして……香神さん、照れてる? 恥ずかしくてあんな言い方をしたの!?)

 いつもクールで大人の彼の、かわいい部分を見せつけられたような気がした。それに気付いた桐野は、きゅっと切なく甘く締め付けられる胸の疼きに我慢が出来なくなる。

「そういうときは、お前を愛していいか? って聞いてください。初めてのとき、かなり情熱的な言葉をかけてくれたじゃないですか」
「あのときは……その場の雰囲気というのがあるだろう。今はそうじゃないからな」
「そう、なんですか? 俺は別に、いつでも香神さんと……その、シたいですよ?」

 上目使いに彼を見上げ、長い睫毛を何度も跳ね上げる。彼の両目が細められ、右手に持ったティーカップがテーブルの上へそっと置かれた。

「なら、今からお前を愛したい。いいか?」

 低く鼓膜を揺さぶる彼の心地いい声が、桐野の欲情スイッチを入れる。手を伸ばされ誘われると、桐野は迷いなく彼の手を取って香神に抱き付いた。

「変なところで恥ずかしがるんですね。そんな香神さんも、好きです」

 桐野は香神の耳先に唇を近づけ、やさしいキスをする。ピクンと反応した香神は、桐野を抱く腕に力を入れてきた。

「ここじゃ嫌なので、寝室に行きたいです」
「ああ、分かった」

更新日:2018-08-16 13:28:57