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第一章 世話焼きな同僚

「っくしゅ!」

 年中空調の効いているオフィスで、安積涼太は大きなくしゃみをした。今年に入って花粉症になったのか、目が痒く、くしゃみと鼻水が止まらない。

「風邪か?」

 隣に座っている同僚の広瀬祥吾が心配顔でこちらを見ている。

「いや、花粉症になったかも……」
「ああ、花粉症デビューか。かわいそうに」

 口ではおもしろがっているような口調でも、席を立って少し離れた場所にあるティッシュの箱を渡してくれる。安積はそうしてくれるのが当たり前のように手を伸ばした。

「なんだよぉ、その言い方」

 広瀬からティッシュ受け取り鼻をかみながら、ショボショボした目で広瀬を睨んだ。

 この症状が出始めたのは一ヶ月くらい前だった。ニュースでは花粉の飛散が前年度の五倍だと報じていて、花粉症の人は大変だ、と思ったのは記憶に新しい。まさか自分がその「かわいそうな人」になるとは思いもしなかったが。

 市販の鼻炎薬を飲んでなんとか凌いでいたが、いかんせんこの薬は副作用がある。恐ろしいほどの睡魔と意識がボンヤリするということだ。車の運転をしてはいけないのも頷ける。今も安積はその副作用をもろに受けた状態で、広瀬と二人で残業をしている。

「鼻炎の薬、飲んだらさぁ、眠くてさ。頭はボーッとするし。俺、今日はもう無理かも」
「おいおい、年度末なんだぞ? ただでさえ管理部は忙しい時期なんだから、無理とか言うなよ」

 安積の勤める会社は輸入雑貨の販売をしている。その中でも商品管理課で在庫や資材管理の仕事を広瀬と一緒に担当していた。年度末は死ぬほど忙しく、会社で朝を迎えることも少なくない。
 ここ最近は何度も終電を逃し、会社に泊まるハメになっている。

「だって……なんかもう、眠くて、入力できないー」

 薬の強制的な睡魔に抗えず子供のように弱音を吐き、少し目を閉じるだけだから、とそう言って安積はガックリとデスクに突っ伏した。自分の頭がこれほど重いと感じたことはない。それを腕の上へ乗せると、なんと心地のいいことか。一瞬で夢の世界へ行けそうなほどだった。

「俺一人じゃ終わらねぇってば。安積」

 広瀬の声が遠くの方で聞こえていた。分かっている、起きなくては。心の中でそう思いながらも、頭を上げられない。こんな風にグダグダになるのは、フロアに広瀬と二人だけだからだ。

 いつもは十名ほどの社員が一緒に仕事をしているが、今はもう二十時を回っている。他に人がいればこんな体たらくにはならないが、気の置ける広瀬だからこうなってしまう。

 彼とは高校からの付き合いで、大学での学部も同じだった。さらには同じ会社でデスクを並べて仕事することになろうとは、学生の頃の安積は想像もしなかった。お互いに二十五歳になった今も、彼との関係は良好で変わらない。

「これが終わったら肩揉んでやるから、もうちょっと頑張れ」
「マジで……まるで神だ」

 デスクに俯せのまま適当な棒調子で言えば、広瀬のため息が聞こえた。こんなやりとりは日常だったが、広瀬なら言葉通りにしてくれるだろう。

 彼も疲れているはずだが、こうして安積を甘やかすのはもう昔からだ。そして面倒見のいい広瀬に、実の母親のように甘えまくっている。
 線が細くどこかボンヤリしたところがある安積を、彼が見かねてフォローすることが常になっている感じだ。

 奥二重の垂れ目の安積はいつも眠そうで、体調が悪くなるとくっきりと二重になる。分かりやすい健康管理バロメーターだ。髪はもともと黒かったが、重すぎるのは嫌だと少し茶色に染めた。腰のない猫のようなやわらかな髪は扱いにくく、寝ぐせが付きやすいのであまり伸ばさないようにしている。だがいつも同じ場所がハネてしまい、面倒になった安積は寝ぐせ直しをやめた。

 しかしそれを見かねた広瀬に毎回強引に直される。それが十年にもなると、そうされるのが普通になり、周囲からはツーと言えばカーの熟年夫婦みたいだ、と笑われる始末だった。

 逆に広瀬は安積と印象が全く違う。昔から勉強もスポーツもできた。クラスに一人はいたような出来すぎ君だ。バスケが上手く、成績は上から数えた方が早いくらいの順位だった。

 社会人になった今でも趣味でバスケをやっている彼は、身長一六八センチの安積に対しておよそ頭ひとつ分ほど背が高い。

 しなやかな筋肉はスポーツマン特有で美しく、スタイルもいい。それに加えて、さわやかな笑顔と切れ長で涼しげな目元は、女子のポイントをかなり上げた。整った黄金比率の目鼻立ちは一見きつそうなイメージだが、笑うとそのギャップにドキリとさせられる。年中ボンヤリしている安積とは大違いだ。昔から安積の憧れでもあり、理想でもあった。

更新日:2018-08-16 13:06:24