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小説

携帯でもPCでも書ける!

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憧れすぎた、恋うさぎ

 カタカタとパソコンのキーボードを叩きながら、天草祥は重いため息を吐いた。
 ここはトイ・ミー株式会社の企画部だ。この会社は日本の中でも三本の指に入るほどの大きな玩具メーカーで、天草がいる部署はそのプライズ部門である。UFOキャッチャーなどの機械の中にあるような、一般の店舗では販売されない商品を企画するところだ。
 そしてどうして天草がため息を吐きながら仕事をしているかというと、自分自身の能力のなさに幻滅していたからだった。

(これで何回目の企画書提出なんだろうな)

 遠い目になりながら画面を見つめる。
 初めて出した企画書は、商品としての目新しさがないと言われた。二回目は、あまりにもニッチ過ぎると却下された。そうして、もう何度目かの企画書に挑んでいる。
 天草は元々総務で仕事をしていた。しかし憧れの黒崎英一がいるこの企画部で一緒に仕事がしたくて、何度も部署異動願いを出した。

 ――頑張ります! 俺……いや、自分は商品企画の仕事で黒崎部長と一緒にヒット商品を作りたいんです!

 意気込みだけは他の社員には負けなかった。この会社に入って三年。今は二十五歳になった天草だが、総務とは全く畑の違う部署への異動願いはなかなか受け入れてもらえなかった。そこを粘りに粘って、なんとか希望が叶ったのだ。

「でもなぁ……これで一個も企画が通らなきゃ、意味ないじゃん。俺」

 心のぼやきがつい口を突いて出る。はっとして辺りを見回した。こんな弱音を聞かれるのは本意ではない。天草のデスクと横並びに座る、同期の南拓也は通話中で、他の誰も聞いていなかったようだ。ほっとして再びパソコン画面を睨む。
 この企画部は黒崎を筆頭に、企画リーダー、その下に五名の社員とそれをサポートする派遣の女子三名で成り立っている。その五名のうちの一人が天草なのだが、手っ取り早く言えば、一番頼りない。

「天草さん。これ、さっき頼まれていた資料なんですけど……。天草さん?」

 歳はそれほど変わらない彼女は、不思議そうな顔でポニーテールを揺らして首を傾げてこちらを覗き込んでいた。

「あ、ああ……。ありがと」

 何度か呼ばれてようやく気付き、持ってきてくれた資料を生返事をしながら受け取る。
 不思議そうな顔でその子が去って行った向こうには、デスクで仕事をしている黒崎の姿がある。彼は真剣な面持ちで、手にした書類に目を通していた。

(今日も格好いいなぁ)

 まるで恋する乙女のようにうっとりしてしまう。
 黒崎は企画部でも他の部署でも人気がある。三十二歳で部長を勤めているというのもあるが、一八〇センチを超える長身はかなり目立つ。肩幅は広く、スーツの上からでも彼の筋肉質なスタイルのよさが分かる。ぴんと伸びた背筋や優雅な歩き方、立ち居振る舞いはまるでモデルのようだ。どんなスーツもスタイリッシュに着こなし、黒髪は常にオールバックでいつもキマっている。少しきつそうな目元も出来る男の象徴のようで、天草は一度でいいからあの人に褒めてもらいたいと、その場面をつい想像してしまう。

 その反面、天草の身長は日本人男性の平均くらいだが、細身であまりしっかりした体躯ではない。髪は薄茶色で伸ばし気味だ。額を出すのはちょっと恥ずかしくて、かといって伸ばし過ぎかなとも思っているが、切りに行くタイミングを毎回逃している。
 目は大きめだが黒崎のように雄味のある切れ長な瞳ではない。目尻はへにゃっと垂れていてまるで子供のような印象だ。天草は自分の目が一番嫌いだった。

(仕事面では厳しいけど、それがまたいいんだよな。自分にも他人にも厳しくて、妥協を許さないところ、だよなぁ!)

 企画部の前を通って出勤するときに毎日姿を見ていた天草は、総務にいた頃から黒崎のことを知っていた。女子社員の騒ぎっぷりを気にして同じように観察しているうちに、いつの間にか天草までファンになった。

 しかし外見だけで憧れたわけではない。多才でユーモアがあって、彼が企画した商品はヒットする。ある意味、自分とは正反対の人間だから憧れたというのはあったかもしれない。

(今日、この企画書をまとめて出さなくちゃだめなんだけど、言われていた改善点、どう直せばいいんだろう)

 聞きに行きたかったが、彼は忙しそうでどうにも声をかけるタイミングが掴めない。そういう気弱な自分もあまり好きではない。しかしなんとしても自分一人で仕上げて黒崎に“よし”と言ってもらいたいのだ。

(残業になるかもしれないけど、頑張るか!)

 気合いを入れ直し、先ほど派遣の女性が持ってきてくれた資料を開いて読み始めた。


 今日はお昼も自席で適当に済ませ、そのまま仕事をしていた。企画書とずっと格闘している天草だったが、気付けば自分一人だけが残業している有様だ。
 時計を見てみると、もう二十二時を回っている。

更新日:2018-08-16 12:48:12