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小説

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ドS社長はコスプレがお好き?

 熱気があふれる中華街で、櫻井莉亜は辺りをキョロキョロ見渡していた。人が多過ぎて目的の人物を見つけることが出来ず、心なしか心配になってくる。

(ちょっとって言ったのに、帰ってこない)

 秋が終わりを迎える十一月の半ばになり、空気が少しずつ冷たくなっている。この繁華街を歩き始めて少し温かくなったが、さっきまで指先が冷えていた。
 それを伝えると、ちょっと待ってて、と言って隣を歩いていた恋人の美山篤志が人混みに姿を消してしまった。

(どこまで行ったのかな?)

 美山の走って行った方を見つめていると、不意に右頬へ温かいなにかが触れた。その感触に莉亜は飛び上がって驚いてしまう。

「ひゃっ!」
「お待たせ」

 渡されたのは温かいコーヒーだった。これを買いに行ってくれていたのか、と莉亜はようやく安堵する。

「もう、お茶を飲むならどこかに入ればいいじゃない?」
「でも、ご飯時でどこもいっぱいだし、それにさっき、ツバメバスの団体さんがいたから難しそうだよ」
「そっかぁ。じゃあこれで指先温めて、ゆっくり歩こうかな」

 にっこり微笑んだ莉亜は彼を見上げる。その意見に賛同だよ、と言うように彼も笑顔を浮かべ、お互いに空いている方の手を繋ぎ、そして指を絡ませた。

 美山と出会ったのは、莉亜が美大に入ってすぐの頃だった。小さい頃から絵やなにかをデザインすることが好きで、そのまま当然のように美大へ進んだ。

 大学へ入って半年ほどした頃、期間限定の臨時講師でやって来た美山に出会い、あまり成績のよくなかった莉亜を気にかけてくれたのがきっかけで、彼との距離が急接近した。

 長身でスタイルのよさは大学の女子の間でも評判で、特に彼の美貌は女子を虜にした。切れ長の瞳に意思の強そうな瞳、高い鼻梁、黄金比率に則ったパーツ配置はまるでダビデ像を思わせた。そんな彼と近しくなったのは莉亜の成績が悪かったおかげで、二十歳にして彼氏を作る、という快挙を果たした。

 周囲の女子には付き合っているのをバレないようにしていたが、しかしそんなことは到底無理で、しばらくは刺さるような視線に耐え抜くことになった。

 特に秀でて美人ではない莉亜が、妬みの対象にされるのは当たり前だった。そもそも美山が自分を選んだこと自体がなにかの間違いかと思っていたくらいだ。

 太ってはいないが身長とスタイルの割りには胸が大きくて、それは少しコンプレックスだ。特に前ボタンの付いたシャツはどれも着ることが出来ないし、チュニックは太って見える。胸のおかげで足元が見えなくて転んだこともある。そんな愚痴を言えば、贅沢な、とまた敵を作ることになるので、しっかりと口を噤んだ。

 波瀾万丈だった大学を卒業し、現在は「RUMIA」という広告デザインを手がける会社で働いている。なにを隠そう、その会社の社長をしているのが美山なのだ。

 決してコネで入社したわけではない、と言いたいところだが、それは誰も信じてくれないだろう。だが今となればもうそんなことは気にしていなかった。
 美山と交際を始めて二年と少しだ。三日と三週間と三ヶ月という、別れるカップル三の法則をクリアした。あとは付き合って三年、というのを残すのみ。

 しかしその三年に差し掛かろうとしている今、莉亜はずっと抱えていた疑問を今日こそは美山にぶつけてみようと思っている。
 どんなときでもやさしくて、だけどときどきお茶目で、十歳も年上の知的で大人の美山。なにもかもが完璧な王子様のような彼に、一つだけ不満があるのだ。

 彼氏彼女の関係になっていろいろなところへデートをした。遊園地から水族館、こうして横浜の中華街へも何度か足を運んだ。しかし一つだけどうしてもOKしてもらえない場所がある。

「ねえ、美山さん。今日は美山さんの家へ行ってもいい? この間は片付いてないからだめって言われて、行けなかったし。でも私、散らかってても本当に気にしないからね?」

 繁華街から一本脇道に入り、喧噪から隔離された路地を歩きながら、莉亜は手持ちぶさたに缶コーヒーを手で挟んで転がしつつ聞いてみた。横目で美山の様子を窺うが、そこには男らしい厚みのある肩しか見えない。莉亜の質問にどんな顔をしたのか見たいけれど、少し怖かったりする。

更新日:2018-08-16 12:32:44