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小説

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~プロローグ~

 深夜、自分のベッドを抜け出したアーニャ・クラウスは、寝室から続いている衣装部屋の棚に隠してあった、ワインレッドの大きな箱を引っ張り出した。シン……と静まりかえる部屋でその箱を開け、中に入っているドレスを身に着ける。

 スリルと期待でアーニャの鼓動は密かに弾んでいた。

 いつも着ている上質でふんわりとしたドレスとは違い、色も地味で生地も質素な上、どこか薄汚れていて、とても伯爵家の令嬢だとは思えない格好に変身する。

(よし、今日も完璧だわ)

 薄闇の中で姿見に近づく。自分の姿を念入りにチェックしたアーニャは、廊下を歩くと足音が鳴りそうな靴を脱ぎ、それを片手にひとまとめにして持った。

 そのまま部屋を出ると、正面玄関とは反対の方へ足を向ける。そちらの方向には使用人の私室や裏口に続く階段があるのだ。

 毎夜、アーニャはこうして部屋を抜け出している。これまで誰にも気付かれたことはなく、その回数は日に日に増えていた。

 使用人の部屋は男女別々に別れていて、その境目には施錠可能な扉がある。その扉の鍵は伯爵家の人間と執事、そして家政婦長が持っているのだ。

 もちろんアーニャも伯爵家の人間だが、まだその鍵は渡されていない。しかしこうして邸を抜け出すときには、こっそりと父の管理箱から拝借する。

(ほんと、お父様ったら鍵がなくなっていることにも気付かないんだから)

 アーニャは一人廊下を歩きながら、ペロッと舌を出す。

 夜遅くに出掛けても、起きるのが遅い父が気付く前に、こっそりと返しておけば問題はない。

 そうしてアーニャは、女部屋から男部屋へと続く扉の鍵を開けて移動をする。邸の中は静まりかえり、少しの物音でも響きそうで緊張してしまう。しかしそんなスリルもアーニャにとっては楽しくて仕方がない遊びだった。

 もう少しで使用人が使う階段に辿り着けそうな距離まで来たとき、どこかで誰かが啜り泣くような声が聞こえて足を止めた。空耳かと思ったが、今度は会話をしているようなそんな声がして振り返る。

(もしかして、誰か起きてるのかしら?)

 見つかってしまえば大騒ぎになる。伯爵家の令嬢が父の管理箱から鍵を盗み、夜な夜な邸を抜け出しているなど知れたら、それこそいい笑いものだ。

 口止めをした方がいいかもしれないわ、と思ったアーニャは来た道を引き返し、声のする方へと忍んでいく。なんとその部屋はアーニャの侍女である、マリーの部屋だった。

(マリー? 泣いてるのかしら)

 不安に思ったアーニャは扉へと近づく。耳を近づけてみると、苦しそうな息づかいと啜り泣くような声が微かに聞こえた。心配になったアーニャは、そっと扉を開けて隙間から覗いてみる。

 そこにはベッドの上で絡み合う男女の姿があった。薄暗い部屋の中で、マリーは真っ白な肌を薄桃色に染め、シーツをもどかしげに握り締めている。

(な……なに!?)

 ドクンと心臓が跳ね上がった。苦しそうな表情のマリーを見つめるのは、ガッチリとした体格の男、父の従者であるアーサーだった。彼は寡黙で必要なこと以外はほとんど口を利かない。大柄で威圧感のある彼が、マリーを組み敷いて激しく抱いていたのだ。

「アーサー、好きよ……あぁ、もっと……もっと……」

 マリーの囁くような艶声が聞こえて、それに合わせてアーサーの動きが速くなったり遅くなったりを繰り返す。二人は呼吸を弾ませながら、声が漏れそうになると互いの口で塞いで飲み込んでいた。

 艶めかしく動く男の筋肉に、アーニャは目を離せなくなっている。こんな場面で見つかってしまったら、いいわけは出来ない。それなのに目が離せないばかりか、自分でも分かりすぎるくらい昂奮していた。体の奥から沸き上がる熱い感覚に、どうしていいか分からない。

更新日:2018-08-16 12:27:54

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