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小説

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一途な想いは青い輝きに溺れる

プロローグ

 耳慣れた水音が鳴海果歩の鼓膜を揺さぶった。心地いい風が頬を撫で、果歩のセミロングの髪を躍らせる。

 東西高校の室内プールは部外者は入れない。その代わり、背伸びをすれば顔だけが覗くくらいの小さな窓が建物の壁際にいくつもあって、放課後はそこから中を覗く女子生徒で場所取り合戦になる。果歩も同じように小さな窓から中を覗き込み、プールで泳ぐ水泳部の練習を見ていた。

 飛び込み台からスマートな体が宙を舞い、白い水飛沫を上げて体が水に吸い込まれていく。ざぱん、と涼しげな水の音を聞きながら、果歩は頬をくすぐる髪を耳にかけた。

「富永先輩、やっぱり格好いいね」
「あのスイムキャップを取ってさ、頭を振るところが素敵!」

 果歩の隣で同じように室内プールを覗く女子二人がそんな会話をしている。頬を上気させ、目の中にはいくつもハートが飛んでいる状態だ。

(私は富永先輩より、御堂先輩かな)

 果歩も他の女子生徒と同じように、この場所にはもう数え切れないほど足を運んでいる。

 東西高校に入学してすぐ、体育館で行われた部活紹介で御堂にひと目ぼれをした。泳いでいる姿を見てまたさらに好きな気持ちが膨らみ、今では部活へ行く前の僅かな時間を使い、他の生徒に交じってこうして覗き見しているのだ。

 水泳部がこんなに人気があるのは、強い競泳選手を生み出し、歴代の先輩が様々な記録を残したという実績もあるが、一番の理由は見栄えのいい部員が多いことだ。

 富永は長身で競泳選手にしてはスマートな体格をしていて、専門種目はフリー。持久力と瞬発力が必要な種目だ。目力のある鋭い視線はまるで獲物を狙うファルコンのようで、それでいて笑うと途端に表情がやさしくなるから、そのギャップに女子生徒はハートを鷲づかみにされるらしい。

 それに対して、御堂は常に甘いマスクのままだ。いつでも笑顔でどんな相手にも分け隔てなく接している。専門種目はブレで、肩幅が広く体つきは富永より少し大きい。水泳部では一番水を掻くことに長けている。御堂の大きな手には水掻きがある、とまで言われるほどだった。

 高校三年になる前から、御堂には大学のスカウト陣が目を付けているという噂があり、水泳部のコーチにも将来を期待されている。そんな立場であっても、自慢したり傲ったりはしない。いつもと同じように練習をして、いつもと同じように周りの人に接する。そんな穏やかな性格の御堂が、果歩は好きだった。

 ふと自分の腕時計に目をやる。いつもならもう部室に向かっている時間で、果歩ははっとした。

(部活に遅れちゃう)

 まだまだ御堂の泳ぎを見ていたかったが、これ以上ここにいたら自分の部活が始まってしまう。果歩は後ろ髪を引かれる思いで、足早にその場を離れた。

 やってきたのは校舎の三階にある文芸部と書かれた扉の前だ。必死に走ってきたのを気付かれまいと、中へ入る前に何度か深呼吸をして息を整えた。

「こんにちはー」

 元気に挨拶をしながら扉を開ける。

 文化系である文芸部、当たり前だが水泳部ほどの人気はない。というか、文化部の中でもあまり存在感はない。三年生が二人、二年生が一人、そして今年入学した一年生は、果歩と他に一名だけだ。

「鳴海さん、こんにちは」

 三年生の皆川が手元にある本から視線を上げて挨拶してくれた。どうやら今日も部室へ来たのが一番最後だったようだ。

「すみません、遅くなってしまって」
「ううん、そこまで時間厳守じゃないよ。大丈夫」

 果歩は皆川にぺこりと頭を下げて、長テーブルの端っこの席に腰を下ろした。窓際のその場所からは室内プールの建物が見える。御堂は今日も一生懸命頑張っているのだ。それを思うと自分も、とやる気が湧いてくる。

「鳴海さん、今日はなんだか楽しそうだね」
「そ、そうですか? いつもと同じですよ」

 誤魔化すようにして笑ったが、皆川には見抜かれているようだった。

 果歩の所属する文芸部では、短歌や川柳から色々なジャンルの短編小説、長編小説を作る練習をしている。起承転結を付けたプロットの立て方、キャラクターの捉え方、エピソードの入れ方などを訓練する。

 年に三冊ほど部誌を作成し、投稿・印刷・製本・文化祭での販売まで少数精鋭で行っている。全国高等学校文芸コンクールなどで入賞するレベルの作品を読んで、部員全員で評論することもあり、果歩にとっては毎日が勉強といった感じだ。

 同じ部の中でもやはり先輩の書く物語は上手く、そういう作品に触れるだけで実力が上がっていくのを感じる。小説大賞への投稿もしており、果歩は将来小説家になりたい、という淡い夢を抱いていた。

【お試し読みはここまでです】
作品紹介、販売サイトURLあります。
http://albiino.jp/list.html

更新日:2018-08-16 12:17:59