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小説

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第一章 初恋は薔薇の香り

 アーデルスの西南に位置する街、首都タリンスに春が訪れていた。温帯性気候で夏はとても暑いが湿度は低く過ごしやすい。その代わり冬は冷たい雨が続く。しかしその寒暖差のおかげで農地は潤い、緑はより濃くなった。

 アーデルスでもタリンスはとても美しい街として有名だ。そのタリンスから少し郊外にある領地を管理するのが、フィリアス伯爵家である。邸からはロゴス港の活気ある風景は見えないが、その代わりに広大な面積の森と草原が辺りを取り囲んでいる。もちろん邸の周りには自慢の庭園が広がり、四季に合わせて色とりどりの花が客人の目を楽しませる。

「まあ、なんてことでしょう! カタリーナお嬢様!」

 フィリアス邸に女性の声が響く。そのすぐあとに、パタパタと走る足音が聞こえる。

「トリシャ、そんなに大声で呼ばないで? はしたないわよ?」

 邸のエントランスを入ってすぐのところで、カタリーナ・フィリアスは大きな籐の籠を抱えて立っていた。それを目にした侍女が慌てて近寄ってくる。それもそのはずで、腰まである絹のように柔らかく波打った美しい銀髪には、木の葉や枝が付いている。そして踝まで隠れる薄桃色のドレスは所々がほつれ、土が付いて茶色くなっていたのだ。
 そんな姿になった原因は、カタリーナが両腕で抱えている籠の中にある。そこには真っ赤に熟れた野いちごと、白くて小さな野生の花がたくさん入っていたのだ。
 カタリーナは野いちごと同じ色の瞳を大きく見開き、不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げ、目の前で慌てるトリシャを見つめている。

「大声も出てしまいますよ。朝からお姿が見えないと思ったら、また森にお一人で行かれていたのでしょう? せめて私にひとことお声をかけてくださいませ」
「そんなに心配することはないのよ? だってすぐそこの森だもの。行き慣れているわ」
「そうはおっしゃいましても……」

 心配そうな表情をしたトリシャが、ああ、どうしましょう、と胸の前で神に祈るかのように両手を組み合わせている。

「だって森へ行くと言えば、あなたはついて来るでしょう? それでは意味がないの」

 カタリーナは呆気にとられる彼女を横目に、さっさと一人でエントランスを抜けてサロンへと向かう。その後をトリシャが慌てて追いかけて来る。彼女の心配性も少し過ぎるのでは、とカタリーナは思っていた。しかし今回のように、心配をかけるようなことをしてしまうカタリーナも悪いのだ。
 サロンには長椅子に腰かけ刺繍をしている母の姿があった。

「騒がしいと思ったらカタリーナ、あなた……またなの?」
「だって、外はもう春よ? お庭の花だってみんな綺麗に咲いているし、お母様も少しはお庭を散歩なさったら? お部屋の中ばかりだと、コーリャが丹精にお世話したお花が私以外の誰にも見てもらえなくてかわいそうよ」

 ペラペラとよく回る口でそう言って母を捲し立てた。彼女はカタリーナの姿を見て、ポカンと口を開けてびっくりしている。

「今日は一段とすごい格好ね。一体どこまで行って来たの?」
「森よ。今日はトリシャの……あ、トリシャ、お誕生日おめでとう」

 カタリーナは白くて細い首に巻いていたリボンを解き、籠に入った白い花を数本まとめて結ぶ。そして驚いて固まっているトリシャへ「はい」と差し出した。

「えっ……私に、でございますか?」
「ええ、そうよ。今日がお誕生日だと前に言っていたでしょう? だから今日はあなたを置いてこれを摘みに行ったの。トリシャへあげる贈り物をあなたと一緒に摘みに行ったのでは、贈り物にならないわ」

 そう言ってカタリーナは肩を揺らしてクスクス笑う。

「あ、ありがとうございます。お嬢様」
「ねえ、このお花はなんて名前かしら? 星の形に似ているわね」

 三センチ程の白い六弁花は、細長い花びらを大きく広げている。その形はまさに星のようだった。この花は少し前に森を散歩しているときに見付けたものだ。誕生日の近いトリシャにあげようと目を付けていた。本当ならもっといいものを贈れればよかったのだが、あまり高いものだと他のメイド達から嫉まれる可能性もあるので、なににしようかと考えて悩んだ末にこの花にしたのだ。

「これはオオアマナでございますよ」

 トリシャがにっこり微笑んで教えてくれる。まさか彼女の口から野の花の名前が出てくるとは思わず、カタリーナは驚いた。実は花を摘んできたカタリーナも、この花の名前を知らなかった。

「よく知っているわね。もしかしてコーリャに聞いたの?」
「ええ……そうです」

 彼女は少し頬を赤くして俯いた。小柄でかわいらしい印象のトリシャが、庭師のコーリャと仲がいいことは前から知っていた。そしてその仲が男女の親しいものであることも。

【お試し読みはここまでです】
作品紹介、販売サイトURLあります。
http://albiino.jp/list.html

更新日:2018-08-16 12:17:28