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体育倉庫にて
激しく振りつける風や雨が、その小屋全体を覆っていた。
雨粒が天井を叩きつける音はさらに勢いを増し、空中で渦を巻く突風が、まるで生き物のように唸り声を上げた。
ラコック・グリースに体育倉庫へ戻されたレミは、それから程なくして目を覚ました。
彼は寝かされていた床から素早く起き上がり、相手から離れようと後ろへ下がった。しかし体がすぐに倉庫内にある備品に突き当たり、それ以上は逃げられなかった。
レミはそこにある大きな四角い箱を後ろ手に触りながら、他に逃げられる余地はないか探した。
少年が起きて動き出しても、ラコックは余裕の表情をしていた。
彼らのいるこの倉庫には内鍵があって、ドアに付いているバーをフックに引っ掛けてしまえば、外側から開けることが出来なかったからだ。これは中で作業をする人が使う錠で、風でむやみに戸が開いたりしないよう作られたらしかった。
ラコックはゆっくりとその場に立ち、着ていた外套を脱いで床に置いた。
彼は目の前の少年が、普段から体が弱いのを知っていた。
倉庫に来た時からすでにフラフラした足取りをしているのを、追いかけてきた彼は後ろから見ていた。
そんな少年はラコックに遭遇すると、逃げるように外へ飛び出していった。もう少し倉庫に留まるよう言ったのだが、少年は意地を張り、具合が良くないのに校舎へ走って戻ろうとした。
だがやはり途中で力尽き、気絶して倒れてしまったのだ。
意識のない相手をここに連れてきて閉じ込めてしまえば、あとは彼の独断場だった。12才の少年を思いのままにするなど、ラコックにとっては容易なことだった。
「近寄らないで!!」
レミはすぐに後が無くなり、逃げ場を失いながらそう叫んだ。
相変わらず自分を避け続ける少年に対し、ラコックは落ち着いた様子で話し掛けた。
「落ち着け。なにも逃げることはない」
教師はいつものような態度で、生活指導教官として生徒を説得しているように見えた。慌てても興奮してもおらず、至って冷静に行動していた。
事情の知らない者が見たら、ラコックはただ嵐にパニックになった生徒を静めようとしていると思うに違いなかった。彼はレミの拒絶一方の態度にも怒ったりする様子は見せず、着実に間の距離を埋めていった。
暗い小屋の中では方向感覚がつかめず、時々小窓から差す稲光だけで、床や壁の位置がわかるだけだった。
レミは雨に濡れて時間がたったせいなのか、熱が出てきたようだった。頭の中や視界がボンヤリして、全ての感覚があいまいになっていた。
────これは夢なんじゃないだろうか…あのラコック・グリース先生も、外で降ってる雨や風も。もしかしたらこの体育倉庫にいるのだって、僕が見ている夢なのかもしれない。
雷がたくさん鳴ってるけど、何だかボンヤリと眠くなってきてる。いつもより体がだるくて重いから、思うように動けない。
ああ…先生と2人きりになっちゃいけないって言われてたのに、何故こんなことになってしまったんだ。少し前からの記憶がうやむやになって、頭の中が混乱してる。これが夢だったら、どんなにいいだろう。
ボンヤリとしていながらも、レミは小屋の外に誰か人がいるのに気がついていた。
その人物はレミとラコックがここにいるのを知っていて、敢えて中には入ってこなかった。先輩なら荷物を運ぶために中へ来るはずなのに、窓の外に立ったままずっと動かなかった。
それでそこにいるのは体育館にいた先輩ではなく、ラコックの仲間なのではないか…とレミは思った。見張りとして外に立ち、誰かが来ないか監視しているのかもしれなかった。
ラコックが獲物を求めるように、レミを追ってここまで来たのは確かだった。彼は普段と変わらず静かな外見だったが、その心の内には黒い欲望が渦を巻いていた。
『獲物を追い詰め、引き裂いて息の根を止めたい』という原始的な欲求が、いつもの理性に勝った状態だった。
彼はこれまでにも同じように、狙った生徒を捕らえ、ムチで脅した後、無理やり体を奪ってきた。
ルディのような気弱な生徒は、指導という名目を出されると、素直に言うことを聞いてしまうのだ。少年はラコックの虐待をモロに受け、教師の暗い情動に巻き込まれて、身も心もズタズタに切り裂かれてしまった。
レミはそんなラコックが、何か悪霊のような物に支配されているイメージを持った。
倉庫に現れた教師の姿には、背後から黒い大きな影が差して全身を覆っていた。
それは倉庫の中の暗さとは違い、視界が全く利かない完全な闇だった。何か得体の知れないものが潜んでいる感じが、とても不気味で恐ろしかった。
少年が考え事からハッと我に返ると、目の前にいきなりラコックが迫っていた。彼はちょっとした隙を突かれて、左の二の腕をしっかりとつかまれてしまった。
雨粒が天井を叩きつける音はさらに勢いを増し、空中で渦を巻く突風が、まるで生き物のように唸り声を上げた。
ラコック・グリースに体育倉庫へ戻されたレミは、それから程なくして目を覚ました。
彼は寝かされていた床から素早く起き上がり、相手から離れようと後ろへ下がった。しかし体がすぐに倉庫内にある備品に突き当たり、それ以上は逃げられなかった。
レミはそこにある大きな四角い箱を後ろ手に触りながら、他に逃げられる余地はないか探した。
少年が起きて動き出しても、ラコックは余裕の表情をしていた。
彼らのいるこの倉庫には内鍵があって、ドアに付いているバーをフックに引っ掛けてしまえば、外側から開けることが出来なかったからだ。これは中で作業をする人が使う錠で、風でむやみに戸が開いたりしないよう作られたらしかった。
ラコックはゆっくりとその場に立ち、着ていた外套を脱いで床に置いた。
彼は目の前の少年が、普段から体が弱いのを知っていた。
倉庫に来た時からすでにフラフラした足取りをしているのを、追いかけてきた彼は後ろから見ていた。
そんな少年はラコックに遭遇すると、逃げるように外へ飛び出していった。もう少し倉庫に留まるよう言ったのだが、少年は意地を張り、具合が良くないのに校舎へ走って戻ろうとした。
だがやはり途中で力尽き、気絶して倒れてしまったのだ。
意識のない相手をここに連れてきて閉じ込めてしまえば、あとは彼の独断場だった。12才の少年を思いのままにするなど、ラコックにとっては容易なことだった。
「近寄らないで!!」
レミはすぐに後が無くなり、逃げ場を失いながらそう叫んだ。
相変わらず自分を避け続ける少年に対し、ラコックは落ち着いた様子で話し掛けた。
「落ち着け。なにも逃げることはない」
教師はいつものような態度で、生活指導教官として生徒を説得しているように見えた。慌てても興奮してもおらず、至って冷静に行動していた。
事情の知らない者が見たら、ラコックはただ嵐にパニックになった生徒を静めようとしていると思うに違いなかった。彼はレミの拒絶一方の態度にも怒ったりする様子は見せず、着実に間の距離を埋めていった。
暗い小屋の中では方向感覚がつかめず、時々小窓から差す稲光だけで、床や壁の位置がわかるだけだった。
レミは雨に濡れて時間がたったせいなのか、熱が出てきたようだった。頭の中や視界がボンヤリして、全ての感覚があいまいになっていた。
────これは夢なんじゃないだろうか…あのラコック・グリース先生も、外で降ってる雨や風も。もしかしたらこの体育倉庫にいるのだって、僕が見ている夢なのかもしれない。
雷がたくさん鳴ってるけど、何だかボンヤリと眠くなってきてる。いつもより体がだるくて重いから、思うように動けない。
ああ…先生と2人きりになっちゃいけないって言われてたのに、何故こんなことになってしまったんだ。少し前からの記憶がうやむやになって、頭の中が混乱してる。これが夢だったら、どんなにいいだろう。
ボンヤリとしていながらも、レミは小屋の外に誰か人がいるのに気がついていた。
その人物はレミとラコックがここにいるのを知っていて、敢えて中には入ってこなかった。先輩なら荷物を運ぶために中へ来るはずなのに、窓の外に立ったままずっと動かなかった。
それでそこにいるのは体育館にいた先輩ではなく、ラコックの仲間なのではないか…とレミは思った。見張りとして外に立ち、誰かが来ないか監視しているのかもしれなかった。
ラコックが獲物を求めるように、レミを追ってここまで来たのは確かだった。彼は普段と変わらず静かな外見だったが、その心の内には黒い欲望が渦を巻いていた。
『獲物を追い詰め、引き裂いて息の根を止めたい』という原始的な欲求が、いつもの理性に勝った状態だった。
彼はこれまでにも同じように、狙った生徒を捕らえ、ムチで脅した後、無理やり体を奪ってきた。
ルディのような気弱な生徒は、指導という名目を出されると、素直に言うことを聞いてしまうのだ。少年はラコックの虐待をモロに受け、教師の暗い情動に巻き込まれて、身も心もズタズタに切り裂かれてしまった。
レミはそんなラコックが、何か悪霊のような物に支配されているイメージを持った。
倉庫に現れた教師の姿には、背後から黒い大きな影が差して全身を覆っていた。
それは倉庫の中の暗さとは違い、視界が全く利かない完全な闇だった。何か得体の知れないものが潜んでいる感じが、とても不気味で恐ろしかった。
少年が考え事からハッと我に返ると、目の前にいきなりラコックが迫っていた。彼はちょっとした隙を突かれて、左の二の腕をしっかりとつかまれてしまった。
更新日:2019-03-02 17:44:28