• 作品を探す:

小説

携帯でもPCでも書ける!

  • 46 / 120 ページ

226・   大人だけ口が紫桜の実(2005)〜

挿絵 715*514

226・   大人だけ口が紫サクラの実
         (おとなだけ くちがむらさき さくらのみ)

 紫色の桜の実をびっしりと枝につけた桜の木が公園で枕流を呼んでいた。干し葡萄大の実は一応はサクランボの仲間である。小粒の実を枝からもぎ取って袋に入れているのを見た3人の老人が近寄って来た。私が紫色に熟した桜の実を口に入れると、その男たちも食べ始まった。「もう、孫たちはこんなものは食べやしない」と呟きながら、ソメイヨシノの実を何粒か口に入れた。
 近くにいた子供達は大人が食べるのであるから興味を示しそうなものであるが、誰も見てやしない。今の子供はかわいそうである。化学合成物が大量に入った袋入りの食べ物が安心して食べられるうまいものと思い込んでいる。

 (2005・6・9、さいたま市浦和運動公園)



227・   むっちりのひばりに会いにシネマ館
         (むっちりの ひばりにあいに しねまかん)

 10代の美空ひばりがスクリーンに蘇っている。三人娘が登場する天然色映画が上映されるというので、池袋のシネマ館に出かけた。文芸坐という池袋の映画館は学生時代に通った場所にできた新しいシネマ館だ。昔は邦画が文芸地下で、洋画は一階の文芸坐で上映されていたが、今は地下映画館はない。
 70代の人たちに混じって私も目を潤ませていた。若いひばりは腕も腰も顔もどこもむっちりでなつかしい。かつて「はち切れんばかりの若さ」というフレーズがあったが、まさにひばりがその象徴であり、その姿が目の前にあった。これが普通の娘の姿であったのだ。
 ひばりの七色の声を使い分ける歌唱力は、あのむっちりの体、あのむっちりの喉があったからなのだ。いまや「むっちり」という表現は柏餅にも使わなくなった。娘の体と同様に薄べったくなっているからだ。

 (2005・6・25、東京都豊島区池袋)




228・   ぶら下がりベランダミミズ空を飛ぶ
         (ぶらさがり ベランダミミズ そらをとぶ)

 我が家のベランダに雀が群がって騒がしい。公園でミミズを採取して来て鉢の土に混ぜておいたが、雀どもが嗅ぎつけたようだ。私の帰宅した音に驚いて一斉にベランダから飛び立った。雀どもは嬉しくなって喋りすぎたのか嘴が肥大化して垂れ下がっているように見えた。大ミミズが嘴からぶら下がっていた。
 公園から連れて来られたミミズが雀を使って、ベランダから脱出する場面なのであろうか。何やら水木しげるの怪奇話みたいだ。

 (2005・7・1、さいたま市)



229・  「立山が近いから気圧が下がる」
       ゲコゲコに合わせる鼻歌ススキ指揮
         (ゲコゲコに あわせるはなうた すすきしき)

 ススキの穂が露天風呂の縁で揺れている。そのススキの陰から顔を出した蛙が何か歌えと私に催促する。ススキの葉の動きに合わせて、吉田拓郎の「旅の宿」を歌ってしまった。ついでにこんな俳句まで作ってしまった。
 
 山路の旅は気持ちを気持ちを軽くさせる。拓郎も大町温泉に来たのであろうか。漱石は道後温泉の湯に浸かって城山音頭を歌ったという話を思い出して、ハイになっている弟子の枕流も歌った。

 (2005・7・7、長野県大町温泉 黒部ホテル)



230・  「破水帯との戦い」
       説明また説明 ダム苦節7年
         (せつめいまた せつめいだむ くせつしちねん)

 高さ180メートルのダムは急峻な岩山にくくりつけられていた。かつてコンクリートを練った場所は展望台になり、土産物屋ができていた。その売店のおじさんは流れ落ちる水のように雄弁であった。
 深い山の上をよじ登って送電線を張り、資材を運ぶ道を作るところからダム建設が始まり、何人も工事で死亡したと関電の人が説明した。この説明を補強するかのように売店のおじさんは説明を加えてなかなか終わらない。放水によってできた虹に歓声を上げる男女グループにも話を分けて欲しかった。

 (2005・7・8、富山県立山市黒部第四ダム)



 

更新日:2018-11-17 05:04:28