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小説

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101・   涙目で写す上海旧市街 (2002)〜

挿絵 800*521

101・   涙目で写す上海旧市街
         (なみだめで うつすしゃんはい きゅうしがい)

 日本の昭和初期と現代が一つの市街地で隣り合っている。一本の道を挟んで昔からの生活臭が漂っている旧市街とホテル街に改造された新市街。当然旧市街の方に足を運んで見た。4メートルぐらいの道幅の通りには、万国旗よろしく洗濯物が紐に固定されて頭の上で左右に無数にはためいている。日本の電線ではなく洗濯用のワイヤが無数に渡されている。路上では金魚掬いあり、簡易食堂ありの賑やかさ。

 反対側の高層エリアには欧米系のホテルが立ち並んでいる。その谷間に一台のサビの浮いたリヤカーが置き去りにされていた。撤去されないように車輪にはチェーンが渡されていた。誰かの商売道具なのであろう。

 この句を書いた2002年には中国はすでに急変貌を遂げていたが、枕流はその13年前に上海を仕事で訪れていた。近代的な建物はなく、日本が作り上げた街がそのまま残っていた。泊まったホテルには日本庭園があった。広い公道には街灯がなく、暗闇の中を無灯火で塊になって自転車で走り去る人の群れが続いていた。この侘しい光景はいつまで続くのかと訝ったものだ。上海で1番のデパートであっても商品の箱に乗り、通路を進む人に向かって見せびらかすように昼飯を食べるのが当たり前なのであった。ある工場では食堂から職場に飯とおかずを盛り皿に乗せて持ち帰るのであるが、職場に帰るまでの間に食べ終えてしまうのであった。この時の中国を観察してよかった。歴史の証人的な心境になった。

 2018年の現在からすれば、8年前、16年前、29年前の上海を見ていた。中国人の頭の中はこの街と生活の変化に無事に対応できているのであろうか。何かが壊れていなければいいが。 

 (2002・11・27、中国上海)



102・   広告と美女で着飾り上海バス
         (こうこくと びじょできかざり しゃんはいばす)

 大都市上海の主要交通機関はバスである。河口の街には地下鉄は不可能なのだという。主要幹線道路にはバスが溢れている。そのバスの両側には二人ずつの美女が大きく描かれている。したがって通りではファッションショーが開かれていると勘違いする。美女たちは開放経済の象徴なのだ。

 (2002・11・27、中国上海)



103・   文革が老荘追いやるIT谷へ
         (ぶんかくが ろうそうおいやる ITたにへ)

 かつて中国全土を赤い毛沢東語録と紅衛兵が包み込んだ。この文化大革命が学校教育を破壊した。確か毛沢東は若い年には教師をしていたはずなのに。教育を受けていない50代、60代の人たちはコンピュータ化した職場から路上に押し出された。
 中国の姥捨て山の規模は大きく、それは路上にあった。

 (2002・11・27、中国上海)



104・   田うなぎにとぐろを巻かせ無錫飯店
         (たうなぎに とぐろをまかせ むしゃくはんてん)

 黒く焼かれた太い鰻らしきものが前菜として丸テーブルに盛られていた。メニューには田鰻と書いてある。現地ガイドの男は「これは田鰻です」と説明したが、テーブルを囲む顔は半信半疑であった。次の皿が出てこないので、誰かが食べ始めると一斉に箸を持ち出した。
 真ん中に首はなかったが、ぶつ切りの鰻でとぐろを巻かせるのはお客サービスなのであろう。確かにこの時の食事は忘れることはないだろう。

 (2002・11・29、中国無錫)



更新日:2018-08-24 09:20:07