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(1)2人はデラシネ

 真希はゆっくりと歩いていく先で、空いっぱいに拡がっている夕焼けを立ち止まって眺めていた。夕焼けなんて、それほど珍しい景色でもないのに何故かしら今日の真希の目にとまった。いつもならアルバイトに行っていた真希が、その日もう一つのアルバイトに応募のために面接場所である音楽スタジオに向かっていた。

 真希は高校を中退してから今まで数多くのアルバイトをしてきていたが、どこのアルバイトも長続きしなかった。21歳になっていた真希は、今でも最低2箇所でアルバイトをしないと生活が回っていかなかった。真希が長続きするアルバイトは、基本的に物を相手にする仕事ばかりだった。

 真希はとにかく接客みたいな仕事には不向きだった。何故ならとにかく真希は、自分でも十分に分かっているくらい周囲に対してとにかく無愛想だった。極端な話、日常的な挨拶すらまともにできなかった。それなのに今回のアルバイトの応募先は、その接客業をやらなければならに音楽スタジオだった。

 もっともこの面接には、ちょっとしたいきさつがあった。というのもちょうど1週間前に、真希がいつもの通り駅前のガードしたで路上ライブをしていた時にアルバイト募集のチラシを手渡されたのだった。会ったこともない年配の男性からだったが、とにかく真希は応募だけでもしてみようと考えたのだった。

 真希の両親はとにかく厳格な性格で、真希はそんな両親のもとで成長した。ところが高校に入学して真希はバンド活動に熱中した。当然真希の両親は真希が好む音楽を全否定した。音楽はクラッシック鑑賞を趣味としていた両親は、真希に音楽をやるならブラスバンド部で好きな楽器を手にすることを薦めた。

 そんな両親から何を言われようとも、真希は大好きなエレキギターを手放すことができなかった。両親はバンド活動を続けていると悪い仲間に引き摺り込まれるから、とにかくバンド活動を止めるようにと言い張った。やがて両親と真希の葛藤は次第にエスカレートしていき最終的に真希は、それほど両親が危惧しているのならその期待に応えようと屈折した考えを持つようになっていた。

 公私ともども厳格な両親には耐えられないような生活態度を、真希をとるように変わってしまった。もともとは本当に平凡でおよそ個性などという言葉には縁のない真希だったが、気がついたときには家庭でも学校でも完全に浮いた存在となっていた。

 同じ会社で共働きだった両親は、3年サイクルで全国を一緒に転勤して歩いていた。両親のいない間は、真希は母親の実家の祖父母のところに預けられていた。そしてまさに高校へ入学したその年に両親は地方勤務となり、高校時代を真希は祖父母のもとで迎えていた。

 そしてその高校時代に真希は完全に両親と対立してしまった。両親と真希の間に挟まれて年老いた祖父母は困惑していた。祖父母のその様子を目にするたびに、真希は申し訳ない気分に包み込まれるのを感じていた。そしてそんな状況に最終的に、最悪の事態が引き起こされるのは時間の問題だった。

 両親とも学校とも折り合いがつかなくなった真希は、高校を中退することに決めた。もっとも両親がそれを受け入れた時には、《もう後は独りで好きにすればいい》という言葉を真希に送りつけてきた。古い言葉で言えば真希は、両親から勘当されたのだった。

 両親から《独り》と釘をさされた真希は、これ以上祖父母に迷惑をかけたくなかったので祖父母の家から出ていくことにした。祖父母は最後までそんな真希のことを心配して、いつでも戻っておいでと声をかけ続けてくれた。

 真希は祖父母の知り合いが経営しているアパートの1室を借りることとなり、真希は正真正銘の独り暮らしを17歳の時から始めていた。もっともその時から21歳になった今まで、祖父母からの様々な援助がなかったら恐らく今日までやってくることは出来なかったに違いなかった。

更新日:2018-09-03 06:16:34

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