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すずらんの面影~永遠の祈り
―ああ、候・・・
優雅にひとり雲にもたれ物思いに耽っておられる侯のお姿・・・シャープな輪郭際立つ横顔・・・なんとも悩ましく美しいが・・・
―なんと愁いに満ちた佇まい・・・私はここにいます!いつでもあなたのお傍に・・・。
去年のクリスマスイブのこと、遂にユリウス様は心の闇を奴に告白した。それは記憶を失ってさえ彼女を脅かし苛んだ罪の記憶・・・ついぞ侯には明かすことはなかったそれを、苦悩の末に奴に全てを曝け出したのだ。
奴は彼女の覚悟を受け未来への扉を開け放ってやると、二人は永遠の愛を誓い契りを交わした。
その二か月程前、下界がクリスマスカラーに彩られるだいぶ以前からレオーン様の慈愛溢れる切実な願いが、ここ天国の父上の魂へとダイレクトに届いているご様子だった。
その想いを零すことなく受け止められ、愛するお二人と奴に全身全霊(身はない)で持てるパワーを送り続けておられたが、侯は敢えてそれ以外には今までのように小細工めいた手出しはなさらなかった。
賽は投げられていたことを踏まえられ、鷹揚自若の体を崩さずユリウス様の告白も静かに見守られていたのだ。
―そんなあなた様のお背中は、私が見守り続けました・・・。
この一連の幸福の顛末について侯と語り合うことは殆んどなかったが、一度だけ侯が私に呟かれたことがあった。
――レオーンは・・・あの歳にしてなんと我慢強いことか・・・母を信じ奴を想う心があまりにも健気だ。
――さようでございますね。あの天真爛漫な無邪気さはお母上譲りですが・・・近頃はふとしたところにあなた様の面影を強く感じてしまいます。
――そうか・・・ふ・・・。
その時のなんとも言えないあなた様の表情に密かに悶え・・・そして、二人が結ばれた後も変わらぬ泰然自若のご様子に、なお一層畏敬の想いを昂らせた私だった。
―ああ、侯・・・あなた様のその一途で純粋かつ崇高なお二人への愛・・・せめてほんのひとかけらだけでも私に・・・ほしいのです!
いけない、つい・・・あれからもう数か月、そろそろお寂しいお気持ちが出てくる頃ではないだろうか・・・?
「候、どうされました?何か下界で気になることでも?」
いつものように愛するあれと息子の笑顔を確認しようとグラスを覗くと、ユリウスは鉢植えに咲いたすずらんを前にレオーンに何か語り聞かせている様子だった。(普段はタリン住まいの奴は留守のようだ)
―すずらんか・・・あのことをレオーンに語り聞かせているのやもな・・・。
ふと遠い昔の出来事が懐かしく思い出され、一人物思いに耽っていたのだが・・・。
―この熱視線・・・。
ユリウス達のクリスマスの顛末の頃から、ロスの以前にも増して暑苦しい視線とねっとりとした想いをやたらと感じるようになった。
おおかた、奴と晴れて夫婦となって結ばれた妻と新しい父親に浮かれる息子を目の当たりにした私が落ち込んでいるなどと思い込んで、敢えて声をかけず遠巻きに見守っているつもりであろうが・・・うざい。
確かに、あのときは胸の内をペラペラと明かす心境でもなく、それはこれから先も変わらないだろう。
しかし黙していたのは、とにかく二人(+1人)の幸せだけを念じ続けパワーを送ることに集中し、力を温存するためでもあった。
落ち込むなど・・・やっとここまでこぎつけたというのに今更どうして私がそのような心境に至るというのだ?
自分が愛し抜いた女の背を押して信じ見守り、その幸せの成就への喜びに一人しみじみと浸りたかっただけなのだ。
―よかった・・・頼むぞ・・・。
自分がこんなにも愛というものの深さを知り尊ぶことができるようになるとは・・・ユリウスを愛したことで私は変わることができ、こうしてここに来ることもできた。
それにしても、なんとかならぬか・・・こやつの「あなたの気持ちがわかるのは自分だけ」的な勘違い甚だしい視線・・・。
だがまあ、思い出話しができる唯一の者だ・・・相手をしてやるとするか。
更新日:2018-06-17 11:33:37