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Vaterkomplex(ファーターコンプレックス)

挿絵 187*242



「こんばんは、おじさん!」

「お?ぼうや、一人かい?今日は綺麗な母さんは一緒じゃないのかい?」

いつもより人けの少ない町に夜の帳がおり始める頃、家々からは温かな灯とご馳走のいい薫りが漏れ出し、時おり歌声や歓声が遠く近く聴こえてくる。
そんなクリスマスイブのぬくもりに凍てつく外気が包まれたかのような夕刻、レオーンは近所にある公衆サウナへとクラウスを案内してやって来た。
繋がれた手、そして心も幸せの温もりでいっぱいに満たされて。

いつも朗らかで気の置けない笑顔を見せる金髪碧眼の母親に連れられ女性用サウナにに入って行く母親と同じ色の瞳の人懐こい少年が、今日は見慣れない男に手を引かれ嬉々として男性用に入って行くので、母子と馴染みの初老の管理人は少し驚きながら呼び止めた。

「うん!マーマはクリスマスのご馳走を準備してくれているの。だから・・・エヘヘ!ぼく〈お父さん〉と来たんだよ!」

「こんばんは」

代金を支払い握手してきた長身の男は少年と顔つきも似ておらず髪や目の色も全く違っていたが、二人の仲睦まじい様子は何とも微笑ましく、母といるときとはどこか違う少年の甘えた素振りに管理人はある程度を悟ると目を細めた。

―そうか・・・よかったなあ、ぼうや。 

「ぼうず、遂に男風呂デビューか!」

「やっと一人前だな、おい!」

「うふふふ!」

脱衣所に入って行くと、いつものように常連客達が口々にレオーンに声をかけてくる。
こんな調子だから、毎回女風呂から一人先に出てきて外のベンチで母を待つレオーンは一人きりの不安などは感じたことはなかった。

多民族が集うこの国でも、小さなこの町ではユリウスとレオーンの母子二人きりの家族は様々な意味で人目を惹いてきた。
それでも、本人無自覚の人たらしの母と同じものを受け継ぎつつある無邪気な息子、この母子の明るく懸命に生きる姿にはたちまち周囲の人々の温かな眼差しが注がれ、二人きりの何かと心細い暮らしは自然と見守られるようになっていたのだろう。
そうアレクセイは思い至ると、小さなレオーンへ集まる周囲の関心に自然と笑みがこぼれるのだった。

――おまえ、人気者だな~。
――エヘヘヘ!

小さな黒い頭を大きな手でワシワシ撫でまわされるレオーンのクシャクシャの笑顔に、大人達は安堵するように頷いている。

「紹介します、ぼくのお父さんになったアレクです!」

「おお、そうだったのか!よかったな~」

「え・・・ということは、美人の母ちゃんはついに~」

「ヒュ~!羨ましいね!」

「あんた、浮かれてないで、この子をくれぐれも頼んだよ?」

レオーンの誇らしげな紹介に、服を脱ぎながら体をリネンで拭きながら、それぞれにこやかにこのほやほやの父子を囃し立て祝福した。

「アレクセイです。今まで妻と息子が世話になって・・・え~これからは私も含めて、どうかよろしくお願いします!」

上半身裸のまま、アレクセイは至って誠実に声高らかに挨拶した。

「まあまあ、堅苦しい挨拶はいいってことよ。こうしてここで裸の付き合いしてきゃ気心も知れてくらぁ」

「ぼうず、カッコいいおとっつあんができてよかったな~」

「うん!」

――アレク、行こう!ぼくが背中叩いてあげるから! 
――おう!やりっこしようぜ!





更新日:2018-06-17 13:26:44

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