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プロローグ 炎の夢

 暗闇の中、浮かび上がる赤。
 鉄を焼く焦げたにおいが、海上に広がる。
 ――提督……!
 私は、夢中で手を伸ばした。
 ――提督……逃げて……!
 ――どうか、あなただけは……あなただけは、生きて……――

   *  *  *

 ――パチン!
「いたっ」
 小気味よい音をたてて頬がたたかれるので、私はハッとして起き上がった。
「なに? 何事? 敵襲?」
 寝起きの頭を必死にめぐらせながら辺りを見回すと、さらりと揺れる銀髪が目に入る。幼く愛らしい顔でにこりともせず、暁型駆逐艦二番艦の響が小首を傾げて見せた。
「おはよう、司令官。朝だよ」
「……響……。おはよう」
 私はひとつため息を落として響に応え、掛け布団を蹴飛ばす。ベッドのそばに立ち上がると、うんと伸びをした。私が蹴飛ばした掛け布団を綺麗に直した響は、しゃっとカーテンを開く。途端に部屋の中に差し込む眩い光に、私は思わず顔をしかめた。
「眩しい……」
「目が覚めたかい?」
 おかしそうに、響は微笑む。そして洋服ダンスの中から、アイロン掛けされた白いシャツを手に取った。
 また今日も、いつもと変わらない一日が始まる。
 支給された白い軍服のズボンを履いて、シャツに袖を通す。そして椅子に腰かけると、化粧台からくしを手にした響が、私の黒い髪を丁寧に整え始めた。背の低い彼女は、私が椅子に腰を下ろしてようやく頭と頭が並ぶ。その優しい手つきは、妹にそうしてやっていたのだろうと思わせた。
「司令官。うなされていたけど、嫌な夢でも見たかい?」
 静かに言う響に、ふと、夢で見た暗闇の中に浮かぶ炎を思い出す。
 そして、懐かしい背中を。
「……いいえ」私は首を振った。「とても懐かしい夢を見たわ」
「そうかい」
 どこか噛みしめるように、響は頷く。おそらく私がどんな夢を見たかは想像に易く、彼女も同じ夢にうなされる夜があるのだろう。
 暗い夢を引きずったままの私たちに、朝日は眩しく突き刺さる。

更新日:2018-06-08 21:54:49

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暁の呼び声〜とある提督の航海日誌〜