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大切な人を思う時。
遠くにあって鮮明に蘇るあの頃を、私は今でも思い出す。
彼は、いつも中心にいた。
私はそんな彼に対して、恋心を抱くようなことはなかったし、だからと言って、彼が人の輪の中心にいることを羨ましいと思うこともなかった。
ただ、彼はいつも中心にいた、その理由が知りたかった。
遠くにあって鮮明に蘇るあの頃を、今の私は少しの胸の痛みと共に思い出す。
彼と初めて出会ったのは、私が大学生の時だった。
ひょんなことから入部した吹奏楽部がきっかけで、音楽の世界で生きていこうなどという、世間から見れば心底甘い考えで大学を受験し、一年間の浪人生活を過ごしたのち、見事に第一希望の大学に入学『してしまった』のが、私の人生のピークだったのではないかと思う。
この国で一二を争う芸術大学に入学できた喜びに浸れたのは入学式の日だけで、翌日には早々に焦燥感と絶望感に襲われていた。今思うと、これ以上ないほど自暴自棄になりながら、それでも喰らいつこうと必死になっていた大学の四年間を過ごす、自分でもパワフルな四年間だったと思う。
けれど、当時の自分は、
「なぜこんな思いをしながら学校に来ているのだろう」
などと考えながら通学する毎日だった。
自分が決めた人生の選択だというのに。
そんな私とは違う電車の路線から通学し、途中の駅で合流して通っているうちの一人が、彼だった。
専攻が違うので、話すきっかけはなかったが、噂に聞く人だった。
彼は、別の大学で違う勉強をしてから、この大学に来た。
そのことを、口の悪い子は
「現役で入れないなんて格好悪い」
などと平気で言っていたが、それを聞かされているうちの何人が浪人生だと思ってるんだろう?
「そもそも、自分が極めたいと思っていることを学ぶために、みんなここにいるんじゃないの?」
そう何度も言葉に出そうになりながら、けれど浪人生活を送ってから入学してきた私には、何も言えなかった。
なぜか、負け犬と呼ばれている気がしたからだ。
そんなある日、彼と話すきっかけが突然やってきた。
それは入学式から一か月も経っていない、朝の電車の中だった。
滅多に空席の出ない路線だったが、たまたま空席ができて、彼がたまたま隣りに座ったのだ。
「珍しく座れたよ!」
うん?と思った。
他の大学と違って、同じ大学の同じ学部にいる人をほぼ全員知っているような学校ではあるが、いきなり声を掛けられるとは思ってもみなかったからだ。
「管楽器でしょ?俺、前の大学で管楽器やってたから、ケースでわかるよ。」
「そうなの?」
「そうだよ、俺は前の大学も音大なの。知らなかった?」
「私が聞いたのとちょっと違ってビックリした。」
「あぁ、他の奴とごっちゃになっちゃったかな。」
芸術大学なんて、どこでも変わった経歴の人がいるものだ。
実際に、他の大学を卒業してから来た人は他にもいたから、別段気にはしなかったが、本人が訂正するのだから、彼の話を聞いてみようと思った。
彼は別の音楽大学で管楽器を専攻し、その大学でやりたいことに出会ってしまったという。
「やりたいことって?」
「ミュージカル!」
その時の彼は、まさに太陽のような眩しいほどの笑顔だった。
「夢追い人」と呼ぶに相応しい人だと思った。
しかし、彼の夢にはひとつだけ問題があった。
「うちの大学さぁ・・・ミュージカルはダメって言われるんだよね・・・。」
「そうなの?」
「そうなんだよ。何せ、オペラとかクラシックじゃなきゃダメだ!って言われるから、問題は先生なんだよね。」
「うーん・・・それは・・・どうしたらいいんだろう・・・?」
私はどうしたらいいのかわからなかった。
みんなみたいに小さい時から音楽の道に進むために暮らしてきたわけじゃないから、音楽の世界の通例というか、慣習というものを本当に知らないのだ。
だから、彼の夢をどうしたら円満に叶えることができるのか、私には皆目見当がつかなかった。
「そんなに悩まなくていいよ、俺の担当の先生は応援してくれてるから平気だよ。なんかごめんね?」
「ううん、そんな悩むなんて・・・私こそ、力になれなくてごめんね。」
これが、彼と初めて交わした会話だった。
この時は全く気がつかなかったが、彼が何故、初対面の私に夢の話を聞かせてくれたのかが疑問だった。
その理由は、数か月後に知ることとなる。
彼は、いつも中心にいた。
私はそんな彼に対して、恋心を抱くようなことはなかったし、だからと言って、彼が人の輪の中心にいることを羨ましいと思うこともなかった。
ただ、彼はいつも中心にいた、その理由が知りたかった。
遠くにあって鮮明に蘇るあの頃を、今の私は少しの胸の痛みと共に思い出す。
彼と初めて出会ったのは、私が大学生の時だった。
ひょんなことから入部した吹奏楽部がきっかけで、音楽の世界で生きていこうなどという、世間から見れば心底甘い考えで大学を受験し、一年間の浪人生活を過ごしたのち、見事に第一希望の大学に入学『してしまった』のが、私の人生のピークだったのではないかと思う。
この国で一二を争う芸術大学に入学できた喜びに浸れたのは入学式の日だけで、翌日には早々に焦燥感と絶望感に襲われていた。今思うと、これ以上ないほど自暴自棄になりながら、それでも喰らいつこうと必死になっていた大学の四年間を過ごす、自分でもパワフルな四年間だったと思う。
けれど、当時の自分は、
「なぜこんな思いをしながら学校に来ているのだろう」
などと考えながら通学する毎日だった。
自分が決めた人生の選択だというのに。
そんな私とは違う電車の路線から通学し、途中の駅で合流して通っているうちの一人が、彼だった。
専攻が違うので、話すきっかけはなかったが、噂に聞く人だった。
彼は、別の大学で違う勉強をしてから、この大学に来た。
そのことを、口の悪い子は
「現役で入れないなんて格好悪い」
などと平気で言っていたが、それを聞かされているうちの何人が浪人生だと思ってるんだろう?
「そもそも、自分が極めたいと思っていることを学ぶために、みんなここにいるんじゃないの?」
そう何度も言葉に出そうになりながら、けれど浪人生活を送ってから入学してきた私には、何も言えなかった。
なぜか、負け犬と呼ばれている気がしたからだ。
そんなある日、彼と話すきっかけが突然やってきた。
それは入学式から一か月も経っていない、朝の電車の中だった。
滅多に空席の出ない路線だったが、たまたま空席ができて、彼がたまたま隣りに座ったのだ。
「珍しく座れたよ!」
うん?と思った。
他の大学と違って、同じ大学の同じ学部にいる人をほぼ全員知っているような学校ではあるが、いきなり声を掛けられるとは思ってもみなかったからだ。
「管楽器でしょ?俺、前の大学で管楽器やってたから、ケースでわかるよ。」
「そうなの?」
「そうだよ、俺は前の大学も音大なの。知らなかった?」
「私が聞いたのとちょっと違ってビックリした。」
「あぁ、他の奴とごっちゃになっちゃったかな。」
芸術大学なんて、どこでも変わった経歴の人がいるものだ。
実際に、他の大学を卒業してから来た人は他にもいたから、別段気にはしなかったが、本人が訂正するのだから、彼の話を聞いてみようと思った。
彼は別の音楽大学で管楽器を専攻し、その大学でやりたいことに出会ってしまったという。
「やりたいことって?」
「ミュージカル!」
その時の彼は、まさに太陽のような眩しいほどの笑顔だった。
「夢追い人」と呼ぶに相応しい人だと思った。
しかし、彼の夢にはひとつだけ問題があった。
「うちの大学さぁ・・・ミュージカルはダメって言われるんだよね・・・。」
「そうなの?」
「そうなんだよ。何せ、オペラとかクラシックじゃなきゃダメだ!って言われるから、問題は先生なんだよね。」
「うーん・・・それは・・・どうしたらいいんだろう・・・?」
私はどうしたらいいのかわからなかった。
みんなみたいに小さい時から音楽の道に進むために暮らしてきたわけじゃないから、音楽の世界の通例というか、慣習というものを本当に知らないのだ。
だから、彼の夢をどうしたら円満に叶えることができるのか、私には皆目見当がつかなかった。
「そんなに悩まなくていいよ、俺の担当の先生は応援してくれてるから平気だよ。なんかごめんね?」
「ううん、そんな悩むなんて・・・私こそ、力になれなくてごめんね。」
これが、彼と初めて交わした会話だった。
この時は全く気がつかなかったが、彼が何故、初対面の私に夢の話を聞かせてくれたのかが疑問だった。
その理由は、数か月後に知ることとなる。
更新日:2018-11-10 15:33:27