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第三章 警視庁 特課 犯罪捜査支援室

警視庁の通信無線センターからの無線で、まず移動中のパトカーと覆面車に乗った機動捜査隊が現場に駆けつけることになる。

パーティー会場主任の織田裕三が最初に出来事を知ったのはこのときであろう。やがて、所轄署から捜査員や鑑識課員がやってくる。彼らはひとまわり現場を見てから関係者に事情を聞く。それまで十五分や二十分かかっても不自然ではない。

織田にパーティーの中止を申し入れたのは、浅草東署の柿本だろうと、田中は思った。

「あなたは、亡くなったKKSテレビの石田宏さんをご存知でしたか?」

「業界では有名なかたですので、お名前だけは・・・・」

「そうようですね・・・・では、個人的なお付き合いはなかったのですか?」

「付き合いはありません」

「石田さんについて、何か噂を聞いていたとかいうようなことは?」

「ありませんが・・・・」

「では、あなたは、どうして最初に『飛び降り』だと言われたのですか?」

「えっ・・・・・」
 織田は不安そうに目を見開いた。緊張の度合いが高まるのがはっきり分かった。

「わたしが、お若いのに、これだけの建物を任されているのはたいしたものだ、という意味のことを言ったあとです。あなたは、確かこう言われました。ここを任された最初で飛び降りがあった、と・・・・」

「自殺じゃないんですか?」


「まだ、今のところ分かっていません」

「特に理由があって言ったわけしゃありません。何となくそう思い込んでしまったのです」

田中は黙って手帳にメモする仕草をした。たいした事柄を書いているわけではない。織田の名前と年齢を書いているだけだ。だが、この仕草は尋問の人間は不審に思う。何を書かれているのか不安なのだ。

手帳から織田に目を移した。彼は田中警部の顔を見ていた。目が合った。織田は別に視線をそらそうとはしなかった。田中は手帳を閉じた。この男は嘘を言っていない。隠し事もしていないだろう、そう思った。

この程度の緊張や不安はむしろ当然だ。自分が責任を任されている店で人が死に、それに普段は会うことなどない刑事にあれやこれや聞かれている。緊張しないのが不自然なのだ。

『飛び降り』という発言も、織田が言った通り咄嗟にでた言葉なのだろう。それを訊いたとき、緊張の度合いを高めたのは、単に驚いたからに過ぎないのだ。

田中警部は質問を打ち切ることにした。ポケットから名刺を出して彼に手渡した。

「何か思い出すことがあったら、連絡してください」織田は名刺を受取り頷いた。

「刑事さんも名刺を渡すんですね!」
確かに刑事ドラマではそのような場面は出てこない。スーツの裏ポケットから警察手帳をちらっと見せるだけだ。

「別に珍しいことではないですよ」田中は言った。そして、

「犯人を検挙するときには渡しませんがね」
織田は一瞬妙な顔をした。それが冗談だと気付くと、初めて笑顔を見せた。遠慮がちであったが、確かに笑顔だった。
田中警部は会釈して、織田の傍を離れた。山田刑事に歩み寄った。彼は綺麗な女優らしい女を相手に、住所を訊ねているところだった。

「先に帰っているから、リストができたらコピーを一部もらってきてくれ」
田中は山田刑事に声をかけた。

「分かりました。でも、警部、刑事って役得もあるんですね」
役得?そんなものあるもんか。何を言ってるんだ。田中はそう思い桜井を見た。

「ぼくが普通のサラリーマンだったら、こんな有名な女優さんの住所や電話番号、訊けませんから」
山田が笑みを浮かべた。

「ねっ、警部、この人、小泉京子さんですよ」

「ほう・・・・」田中は、小泉京子という名の女優を知らなかった。彼女は彼にも小さく頭を下げた。

「どうも・・・・」そう言って、その場を離れた。
田中警部は路永小百合のファンであった。
少しばかり彼女に対してつっけんどんだったかな?田中は考えた。いや、仕事中の刑事なんて、そんなもんだろう。

現場を離れた田中警部は松田刑事を急かせた。捜査用車両を桜田門警視庁に向けた。

更新日:2018-06-09 00:03:00

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