• 作品を探す:

小説

携帯でもPCでも書ける!

  • 20 / 20 ページ

拓海

二年前、オレは転落事故から奇跡的に生還した。

しかし、数日は記憶が定かでなく、免許証から実家に連絡が行った。

親父はオレの生死など興味がないらしく、

別れた元妻に全てを任せた。久しぶりに再会した母親と妹の看護のお陰で、

オレは記憶を取り戻したと言っていい。

若女将の手足となって働く仲居、柚羽はオレの妹だ。

「おにぃと若女将、くっつけてあげる!」



彼女はうまく旅館に入り込み、若女将付きの仲居になるまで月日を要しなかった。

とはいえ、若女将よりも新しい顔の仲居は柚羽しかいなかったから、

それほど策に労することはなかったらしい。



今まで柚羽がやってきたことはたった一つ。

それは、若女将に健一郎への不信感を抱かせることだ。

健一郎の行動を仕入れ、それとなく若女将に知らせ、不信感を煽る台詞を耳打ちする。

オレの記憶障害も、柚羽の入れ知恵だ。

ユウコの傍に居たかった。

オレは柚羽の言いなりに、偽造履歴書を持って旅館を訪ねた。

『広沢』は母親の旧姓、『ユウ』はユウコから取った。



あの日、柚羽の代わりにユウコを若女将として迎えに行った時、

あの動揺を見て、ユウコを連れ出せると確信した。しかし柚羽からストップがかかった。

「だめ! おにぃはいつも早まって失敗してるんだから!」

確かにその通りだ。

今日の面談でも、家族構成を聞かれたら妻が居ると答えろと柚羽は言った。

その通りにしたが、

オレ、広沢ユウを拓海だと確信したユウコの心中を思うと、オレの心も穏やかではいられなかった。

いつも早まって失敗するオレ――。



「ユウコ……」


オレは思い切って、しかし小さく呟いた。

ユウコの表情がみるみるうちに私的に変わる。若女将から女の顔へ。


「やっぱり、拓海じゃない――。思い出したのね」

ユウコ。

ユウコ。

ユウコ。


ごめん、ユウコ。ずっとオレはユウコのそばに居たいんだ。


だから、広沢ユウだよ――。






やっと見慣れてきた和服姿が、徐々に離れて行く。

暗闇に吸い込まれて、オレの前から消えた。







更新日:2018-04-16 13:59:39