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小説

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20.あさがおやその日その日の花の出来(鯉屋杉風)〜

20.   あさがおやその日その日の花の出来
       (・・・・・そのひそのひの はなのでき)
          鯉屋杉風

 芭蕉のパトロンであった「さんぷう」の句である。江戸の魚の供給を一手に握っていた魚商社・小売ネットのボスである。こののんびりとした太っ腹のパトロンの感じがよく現れている句である。
 作者は毎日別の花が咲く朝顔を見るのが楽しみなようだ。同じ花のように見えてもどこか少し違う。魚河岸に入荷する魚の顔を見ても、胴の張り具合を見ても同じ種類であってもどこか違う。育った海の波の大きさによるものか。

 この句は、ほのぼのとしたユーモアが感じられ、くすくす笑ってしまう。魚屋が魚を捌く作業と競りは暗い早朝であるが、夏の早朝は冷気が漂っていて清清しい。この時間に起きる作者はと開くアサガオと顔をあわせることができない。仕事が終わって帰宅してゆっくりと朝顔と対話するのが楽しみになっているらしい。
 そして、何個咲いたのか数え出すことになる。あたかも商売の売り上げを確認するように。

 私の女房もまさにこの花数のカウントを朝の日課にしていた。そして日記の隅に記録していた。一株から240個の花が咲いたことがあった。このことからしても、朝顔は人を支配してしまうのだから「朝のボス」であり「朝の顔役」なのだ。



21. 朝がほや我筆さきに花もさけ
       (あさがおや わがふでさきに はなもさけ)
          子規 (明治23年)

 若い子規が便器の朝顔に向かって勢いよく小便を散らしている。当時の立ち小便用の磁器製の便器は白地に紺色の花柄模様がつけられていた。流行したのは朝顔の柄であった。松山の殿様が明治になって松山出身の学生のためにつくった学寮には、この手の文字通りの朝顔が付いていたはずだ。
 「我筆さき」は勉強に勤しむ子規に相応しい表現であるが、腰についている太筆のことである。子規はここにも花が咲いて欲しいと願っているのだ。精力に溢れる子規は、女性との縁はあまりなかったようだが、朝顔に向かって願掛けしていたのだ。
 ちなみに明治23年は、子規が初めて喀血した年の翌年であり、この先自分の体はどうなるのか不安になってきた頃だ。この状況の中でこの句を作っていたことになる。
 


22.   朝からのいひあらそいや夏の雲
       (あさからの・・・・・・・なつのくも)
          久保田万太郎 

 演劇の世界に身を置いた万太郎は、人気の歌舞伎俳優のように注目された。二番目の女性と三番目の女性がその万太郎を挟んで朝からもめている。万太郎は朝6時に友人に頼んで弁護士にきてもらった。何時間かを要してその弁護士が上手く調整してくれた。やれやれというときにこの俳句が浮かんだと言ったら、その弁護士はうなってしまったという。それにしても万太郎はこの諍いがいつ起こるかを予想していたのだから大したものだ。

 女同士が大声でしゃべり争っているさま、いや罵り合っているさまは、入道雲が青空に朝からにょきにょきと膨らんでくるのと同じだと言う。急速に盛り上がるとそばにいた万太郎は観察していた。この種の揉め事は、人間の感情発露を活発にするものであるが、夏の雲のように夏らしい気候が汗ばんできた体を後押しするのだ。
 入道雲の方も、下界が朝から騒がしいのでいつもより大きく張り出したのかもしれない。万太郎はこの句を作るために争いの場を設定した感じがしないでもない。少なくとも、最初からこのような句が作れそうな気がしていたと推察する。彼は劇作家であったのであるから。

更新日:2018-07-01 07:13:06

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