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①約束の行方




「大きくなったら結婚しようよ」

 無邪気な笑顔で彼女がそう言ったのは6歳のときだった。
 結婚の意味どころか、愛も、恋も、よくわかっていないような、一週間後には忘れてしまっているような幼い子供の言葉。

「……郁(いく)とは嫌?」

 すぐかえってこない返事に不安になったのだろう。
 顔を覗きこんで不満そうに聞いてくる郁に僕は困った顔をする。


『あの子、大人になれないの。なれないんだよ』


 震える声に、震える肩。
 そのときの僕の頭の中には郁の言葉と重なるように、3日前に偶然聞いてしまった言葉がぐるぐると回っていて、すぐには言葉が出てこなかったのだ。

「嫌じゃないよ」

「本当?」

「うん。約束。大きくなったら結婚しよう」

 ぱあっと花が咲いたように笑う郁に、僕は小指をさしだす。
 そうやって、叶うと信じる郁と叶わないと知っている僕の歪な指切りをする。

「ゆーびきーりげーんまん、うーそついたら」

 本当に嘘をついて罰せられるのなら罰せられるのはどちらなのだろう。
 楽しげな郁の声を聞きながら、僕はそんなことを考えていた。


更新日:2018-03-13 23:00:28

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