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普段は訪れることのない祠は枯葉が散らばっていて、所々が腐りかけたような様相を呈していた。
明日からその祠に入るという日の昼過ぎに有志が集まって準備をすることになっていたのであるが、集まったのは長老ばかりであった。
喜三郎と聡に加えて3人の年寄りが集まった。

とっちゃんこと藤次はやがて米寿というが、歩き方はしっかりして毎日の散歩もひょうひょうと歩いている。
容貌は田舎の年寄りとは思えない漫画に出てきそうなかわいい爺様であった。
ちゅうじさんは同じような歳のはずだで、車やバイクは自在に操れたがさすがに足が衰えたのであろう歩くときは杖をついていた。
へいちゃんこと平蔵も年のころは同じで、毎日の草むしりのせいであろうか腰は曲がってはいるがしっかりとした歩様であった。
三人は息子に代を譲り隠居の身であったが、とっちゃん以外は田畑の世話に毎日を費やしていた。

田舎の年寄りの特徴に、例外なく皆が痩せていることにはずっと以前から気が付いていたがここに集まった4人の老人もやせ気味の体形であった。
忠二さんは少々背が高くて、とっちゃんは一番小柄であった。
喜三郎はそれほど痩せているようには見えなかったが、それでも標準体形以下のように思われた。

昔から老若を問わず農作業に勤しむ人たちはその大半が痩せた体形であるのはどうしてなのであろう。
今のこの集落の若い世代にしても、勤め主体の面々はいくらか肥満の様相であるが農作業を多くする人ほどやせ気味なのである。
太った百姓が存在しないのは、昔から百姓と贅が両立しないゆえであろうか?
体を粉にして働いても、その時間と労力が生活の豊かさとは全く関係がないのは古い昔から同じであった。
山間の小さな集落で都会の馬鹿のような賑わいにも無縁で、狂気じみた歓楽も知ることもなくひっそりと終末を迎えるのであろう。
ゆっくりと掃除をする三人の姿を眺めながら聡はそんなことを考えていた。

「きささん、ごくろうさんだの~、わしも付き合えれば良いんじゃが」
とっちゃんがねぎらいの言葉を掛けると、忠二さんもへいちゃんも同様に相槌をうつ。
「ここではわしが一番若い、それにいまどきのわかいもんには負けん」
喜三郎が恐らく本心であろう、強がっているようには見えない。
「五助の婿さん、ちゃんとみとってくれよ」
誰からともなく聡に念を押すのであった。
(五助の婿・・・ばかり・・・)
聡はまだ名前も知られていないのだろうかといささか不満であった。

「ところで、あんたは他所から来た身じゃが装束はもっとるんか?」
とっちゃんが聡に声を掛ける。
「えっ、わたしは付き添いですが・・・」
聡は答えながら不安を覚える。
「なーんもなければおるだけで済むが、一応きささんとおんなじ用意はせんとのう・・・」
遮るように喜三郎が口を出す。
「わしのを貸してやるから、心配せんでええ」
「そうか、なかったらゆうてくれ」
とっちゃんは優しく微笑んだ。

「これが装束だ」
喜三郎が聡の前に白い布の塊を取り出して並べ始める。

祠から戻ると喜三郎は聡を自宅に呼んだ。
喜三郎の家のみかけは比較的新しいが、家自体は改装の繰り返しで昔の名残がここそこに残っていた。
玄関わきの牛小屋の名残もあれば、薪風呂もそのまま残っていて真新しい煙突が突き出ている。
聡の家からも、喜三郎の風呂の煙突から煙がたなびくのが時々眺められた。
庭に敷き詰められた砂利は草の一本も見かけられず、ようく手入れが行き届いているのがわかる。
槇垣の剪定も定期的になされているようで、向かいの牛舎もきれいに整理されていた。
時々は子供たちも様子見に訪れるのであろうが、到底年寄りの一人住まいとは思えなかった。
ひっそりと独り住まいを続ける老人宅はあちこちにあったが、そこは生活感が消えかかっているのが常であった。
喜三郎の家は生気の溢れた清潔な住宅そのもので、主の几帳面な性格がよくうかがい知れた。

昔ながらのコンクリート玄関から、上がり框をそのまま踏んで聡は居間に通された。
聡には初めての訪問であった。村で一番の金持ちだと噂される喜三郎の家はその評判の趣はなかった。
そこは畳の間で塗の大きめのテーブルが据え付けられていた。
テーブルの脇に胡坐をかいて座った喜三郎は、作業服を脱ぎ去ったばかりであろうか白い半そでのシャツに白いステテコ姿であった。
前の通りからときどき見かける喜三郎のくつろぎの衣装なのであろう。
上下とも真っ白な麻地の衣装であろう、日に焼けた首筋や二の腕が白い肌着とのコントラストをなし下が透いて見えるのが艶やかに聡の目に映る。
ステテコの下の布の部分だけが二重になって、さらに真っ白に映るのがなぜか厳かに思えた。

更新日:2018-03-10 07:46:32

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