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翼一対

 テーレは眠れず、自分の右肩に手をやった。左手は怯えるようにぎゅっと肩を掴む。しばらくそうして落ち着いたテーレは、ふう、と息を吐いて隣で眠るヴァンを見た。よく寝ている。どうやら気づかれてはいないらしい。
 テーレは再び眠ろうとしたが、どうしても眠れなかった。明日のことが気になって仕方ない。
――失敗したらそれまでだけど。
 ヴァンの言葉を思い出し、テーレはぎゅっと目を閉じた。早く眠ろうと頭の中で呪文のように繰り返す。目を閉じていると、どうしてもあの日のことを思い出してしまう。

 テーレとヴァンはシエルの民。風の民である彼らの背には、普通なら一対の大きな翼がある。だが、ヴァンは生まれつき左翼が小さく、今のテーレは右翼をなくしている。ある日シエルの谷に現れた男たちに二人は連れ去られ、その際テーレの右翼は切り落とされてしまったのだ。
 あの日、人間が有翼の民を見世物にしようとやってきたのを知り、テーレは飛べないヴァンを置き去りにはできない、と急いでヴァンを連れて行こうとした。けれど、仲間が皆空の彼方に逃げてしまった後、残った二人は格好の餌食で、ヴァンを連れて飛び立つ前にテーレの右翼は毒矢で貫かれた。焼け付くような痛み。なんとか飛ぼうとはしたが、無駄だった。動けないでいるうちに男たちは二人を捕まえ、毒によって変色したテーレの翼を切り落とした。
 谷にいた頃、テーレの翼は立派だと評判で、テーレはそんな翼で誰よりも遠く、誰よりも高く飛んでいた。仲間たちはみんなテーレを褒めた。
 それが嬉しくなかったわけではないが、テーレはなんとなく不満を感じていた。しばらくその理由はわからなかったが、あるときテーレは気がついた。飛ぶこと以外で褒められたことがあまりないからだ、生まれ持った翼以外に人に認められるものがないからだ、と。
 テーレの翼は立派だったが、それは努力によるものではない。たまたま立派な翼を持っていただけで、飛ぶことに関してテーレは努力したわけではない。努力が必要だったのは他のこと、例えば歌だとか、記憶だとか。
テーレは歌が好きだったが、残念ながら才能は全くなかった。自分の見てきた景色や物事を覚えておきたかったが、それらのことはしばらくすると綺麗さっぱり頭から抜けてしまった。なんとかしようと努力はしたが、あまり成果はなかったし、誰もそんな努力に気がつかなかった。

更新日:2018-02-08 20:15:20

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