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漱石俳句の一覧       御天守(おてんしゅ)の 〜

御(お)天守の鯱いかめしき霰かな
御堂(おどう)まで一里あまりの霞かな
音もせで水流れけり木下闇
踊りけり拍子をとりて月ながら
衰(おとろえ)に夜寒逼るや雨の音
御名残の新酒とならば戴かん
同じ橋三たび渡りぬ春の宵
尾上より風かすみけり燧灘
夥(おびただ)し窓春の風門春の水
朧の夜五右衛門風呂にうなる客
朧故に行衛も知らぬ恋をする
朧夜や顔に似合ぬ恋もあらん
女郎花土橋を二つ渡りけり
女郎花馬糞について上りけり
女郎花を男郎花とや思ひけん
思ひ切つて五分に刈りたる袷かな
思ひ切つて更け行く春の独りかな
思ひきや花にやせたる御姿
思ひけり既に幾夜の蟋蟀・・
思ひ出すは古白と申す春の人
思ふ事只一筋に乙鳥かな
面白し雪の中より出る蘇鉄
親方と呼びかけられし毛布哉
御(お)館のつらつら椿咲にけり
親子してことりともせず冬籠
親の名に納豆売る児の憐れさよ
親一人子一人盆のあはれなり
親を持つ子のしたくなき秋の旅
泳ぎ上がり河童驚く暑かな
折り添て文にも書かず杜若
折り焚きて時雨に弾かん琵琶もなし
折(おれ)釘に掛けし春著や五つ紋
愚かければ独りすゞしくおはします
恩給に事足る老の黄菊かな
恩給に事を欠かでや種瓢
温泉に信濃の客や春を待つ
温泉の門に師走の熟柿かな
温泉や水滑かに去年の垢・・
御曹司女に化けて朧月
女うつ鼓なるらし春の宵
女倶して舟を上るや梅屋敷
女して結はす水仙粽哉
女の子十になりけり梅の花
女の子発句を習ふ小春哉
女らしき虚無僧見たり山桜


骸骨や是も美人のなれの果
骸骨を叩いて見たる菫かな
海棠の精が出てくる月夜かな
海棠の露をふるふや朝烏
海棠の露をふるふや物狂ひ
垣間見る芙蓉に露の傾きぬ
廻廊に吹きこむ海の吹雪かな
廻廊の柱の影や海の月
帰らんとして帰らぬ様や濡れ燕
帰り路は鞭も鳴さぬ日永かな
顧みる我面影やすでに秋
帰り見れば蕎麦まだ白き稲みのる
帰るは嬉し梧桐の未だ青きうち・・
帰るべくて帰らぬ吾に月今宵
帰ろふと泣かずに笑へ時鳥
顔洗ふ盥に立つや秋の影
顔黒く鉢巻赤し泳ぐ人
顔にふるゝ芭蕉涼しや籐の寝椅子
化学とは花火を造る術ならん
柿売るや隣の家は紙を漉く
垣老て虞美人草のあらはなる
柿落ちてうたゝ短かき日となりぬ
かき殻を屋根にわびしや秋の雨
かきならす灰の中より木の葉哉
柿の葉や一つ一つに月の影
柿一つ枝に残りて烏哉
柿紅葉せり纏はる蔦の青き哉
限りなき春の風なり馬の上
かくて世を我から古りし紙衣哉
楽(がく)に更けて短き夜なり公使館
廓燃無聖達磨の像や水仙花
隠れ住んで此御降や世に遠し
掛稲やしぶがき(渋柿)垂るる門構・・
掛稲や塀の白きは庄屋らし
影多き梧桐に据る床几かな
崖下に紫苑咲きけり石の間
影参差(しんし)松三本の月夜哉
賭にせん命は五文河豚汁
駆け上る松の小山や初日の出
影二つうつる夜あらん星の井戸
影法師月に並んで静かなり
懸物(かけもの)の軸だけ落ちて壁の秋
陽炎に蟹の泡ふく干潟かな
陽炎の落ちつきかねて草の上
陽炎や百歩の園に我立てり
囲ひあらで湯槽に逼る狭霧かな
駕舁(かごかき)の京へと急ぐ女郎花
籠の鳥に餌をやる頃や水温む
がさがさと紙衣振へば霰かな
傘さして後向なり杜若
かざすだに面はゆげなる扇子哉
重なるは親子か雨に鳴く鶉
重ぬべき単衣も持たず肌寒し・・
かしこしや未来を霜の笹結び
かしこまりて憐れや秋の膝頭
かしこまる膝のあたりやそゞろ寒
かしこみて易を読む儒の夜を長み
嫁し去つてなれぬ砧に急がしき
春日野は牛の糞まで焼てけり
霞みけり物見の松に熊坂が
霞たつて朱塗の橋の消にけり
霞むのは高い松なり国境
霞む日や巡礼親子二人なり
風折々萩先づ散つて芒哉
風が吹く幕の御紋は下り藤
化石して強面なくならう朧月
風に聞け何れか先に散る木の葉
風に乗って軽くのし行く燕かな
風吹くや下京辺のわたぼうし
風ふけば糸瓜をなぐるふくべ哉


更新日:2021-04-21 11:15:26

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