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ウサギの耳



「村上、お前が綺麗なおねえちゃんと一緒に歩いとったって評判になってるで」
 学校で席に着くなり修二が寄って来た。
 どこで見られたんだろう? きっと文哉くんが言ったのに違いない。
「あの人、僕の叔母さんや」
「なんや、そうなんか。村上の叔母さんか」
 修二はがっかりした顔を見せる。
 けれど、おねえちゃんの前に「綺麗な」という言葉が付いていたことが少し驚きだった。
 女の人の不細工なのはわかるけれど、どういう顔が綺麗なのか、また、可愛いのかわからなかったし、それまで考えたこともなかった。
 叔母さんは綺麗な顔をしている・・そう僕は思うようにした。
 だったら叔母さんの姉である母も綺麗なんだろう。
 でも僕には母と叔母さんが似ているようには思えない。
 駄菓子屋の小川さんは綺麗なのかな? 不細工ではないし、でもまだ子供だから「可愛い」という言い方の方が適切なんだろうか?
 けれど、そうやって貧乏と金持ちみたいに女の人も二つに分けていいものだろうか?
「今日もうちでゲームをしよな」
 修二の言葉に頷くとクラスの委員長の「起立!」と言う大きな声が響いた。
 学校が終わると家にランドセルを置いて修二の家に向かった。
 修二の家は商店街のまだ向こうで近くの山の斜面のハイツにある。この辺りでは山の斜面が切り取られ大きなマンションの建設が進んでいる。修二の家はマンションの立ち始める前は日当たりも良かったけど、今では薄暗くなっている。ここでいつも二人でお菓子を食べながらゲームをやっている。
「そういえば、例の銭湯のおっさんの息子、すげえ心臓の持ち主らしいぞ」
 修二が碁をさしながら言った。
「なんでも風呂に三時間以上浸かっても平気らしいぞ、いつも銭湯に入っているうちにそうなったらしいで」
「すごいな、僕なら三分が限界だ」
「三分は短いぞ、もっと心臓を鍛えろよ。男は心臓や!」
 あの父親にして息子ありだ。同じ子供でもそんなに体力に違いがあるものなのか。
 まだ会ったことのない同じ位の年であろう子供が風呂に長く浸かっている顔を想像して思わず笑った。
 そんな子供の父親なら更に心臓が丈夫で一日中でも風呂に入っていられるのじゃないか? そう考えていると汚いと思われていた男からどんどん汚れが落ちていく気がした。
 修二の家の下の坂道を下り商店街の脇を通っていつものアパートのある道を通ると、あのシュミーズ一枚の女がゴミを出しているところだった。
 こちらを見たがすぐに視線を元に戻した。
 夏の暑さと通り過ぎていった梅雨で生い茂った雑草の中に花が咲いているのを見つけた。
 花は誰に見てもらうためにあんなに懸命に綺麗に見せようと咲いているのだろう。

更新日:2018-01-17 10:26:59

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