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車を停める場所がないので本部に置いていくことになった。再び車を走らせること10分、何事もなく地下へと続くスロープを降りる。

斎藤さんに気付かれないように、そっとサイレンサー付きの拳銃をベルトに挟んだ。当たるかどうかはわからないが、念のため護身用に持っているものだ。
車を降りて出口へ向かうと木ノ下さんが3人の舎弟と共に立っていた。お供について来てくれるのだと思い、礼を言おうとしたのだが木ノ下さんの方が先に口を開いた。

「朝香さん。悪いが先に乗り込ませてもらったぜ」
「え?」
「若いのが突っ走っちまったのよ。うちの舎弟にはあんたのファンがいるもんでな」

そんな訳ないだろと突っ込みたいところだが、命を狙われているかもしれないので放っておいてくれとも言えない。

「っ津村さんは?!」
「ありゃ殺しても死なねぇよ。なんともねぇ。えらい可愛子ちゃんと一緒でな、楽しくあやとりなんかしてやがったそうだ」
「あ…あやとり?……じゃあ、」
「いや、あんたの言うように罠かもしれねぇ。可愛子ちゃんはあんたが来るまで何も教えてくれねぇんだ。待ってるから行ってくれ」

そう言って木ノ下さんは顎をしゃくった。
よくわからないが、どうやら津村さんは無事らしい。ホッとして右頬をさすった。思っていた以上に緊張していたようだ。

「おっとその前に」
「はい?」
「その懐の物騒なものは預かっておく。必要ないからな」

木ノ下さんがそう言うと舎弟の一人が手を差し出した。

「…なんでわかったんですか?」
「あんたには笑っちまうくらい似合わねぇよ」
「それはわかってます」
「サツに見つかったらどうすんだ?」
「………行ってきます」

俺は説教を食らう前に木ノ下さんの元から逃げた。ヤクザが武器を所持することに煩いのは百も承知だからだ。

津村さんのいるソープの前には舎弟が立っていて、俺と斎藤さんを中まで案内してくれた。まだ営業前のせいか店内は薄暗い。奥から女の笑い声が聞こえてくる。

一番奥の部屋に入ると、津村さんはソープにしか置いてない特徴的な椅子に素っ裸で座っていて、向かい側に太った女の子がこれまた同じ椅子に座っていた。隣の部屋から持ってきたのだろう。女の子の方は裸ではなく、ぴったりとした黒いパンツスーツを着ている。ストッキングもピンヒールのパンプスも黒、それになんと黒真珠のネックレスまでして、まるで葬式帰りのような格好だった。ソープ嬢ではないことは確かだ。
裸の男と太った喪服の女、目眩がするほど妙な図だ。

「つ…津村さん」
「おーっ遅いじゃないか」
「どこがです?これでも速攻で来たんですけどね」
「きゃーっ朝香さ〜ん!」

女の子は飛び上がるように立ち上がると、俺に抱きついてきた。

「うっ…」
「いや〜!カッコ良い〜♡」
「くっ…くるし」

女の子は俺を力一杯抱きしめて離さない。カールした栗色の髪から良い香りがした。こんな風に女性に抱きつかれたのは何十年ぶりだろうか?
俺は椅子に座って一人であやとりをしている津村さんに助けを求めた。

「おいっ!」
「いいなイケメンは」
「ああ?!」

俺の口から珍しく顔に似合わない乱暴な言葉が出る。すると女の子は流石に悪いと思ってくれたのか、ようやく離してくれた。

「ごめんなさい」
「いや…別に、ハァ…ハァ…っていうか誰ですか?あなたっ」

俺は肩で息をしながら聞いた。ついでに骨が折れていないことも確認する。

「あたし?内緒っ♡」
「え?」

俺は思わず膝に手をついて脱力してしまった。
いつもより重力が重い気がする。

更新日:2018-05-02 21:40:57

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