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 八は地獄に行くことは無い。
がそうは言えないので
死神は長屋の連中に一つ知恵を授けた。

「あの世に行く時に六文銭が必要だと知っているな」
うんうんと皆うなずく。
「死後行く先が六つあって地獄・畜生・餓鬼・阿修羅・人間界に天上界それらを六道と言ってそのどこかに生まれ変わるのだが六文はいわゆる賄賂(ワイロ)でその生まれ変わる世界一つ一つによろしく頼みますと渡すものなのだ。したがって一文でもケチると悪いところに落とされる。それさえきちんと持ってゆけば三途の川の渡し船にも乗せてもらえる」

 と言って死神は周りを気にしてきょろきょろと見まわした。こんな話をしたと閻魔様に知れたら地獄の獄卒に配置換えをされてしまう。


 さあ
 困ったのは当の八ではなく長屋の連中だ。
善人の八っぁんが地獄に落ちるのなら長屋の連中はみんな地獄に落ちる事は間違いないと顔を見合わせ身震いする。
なんとか八を地獄に行かせないようにせねばならない。
「八っぁん六文持っているかい」
「「六文どころか一文もないから盗ろうと思っても無駄だよ。どうせ死ぬなら文無しでも構やしない」
 八には話が良く分かっていないらしい。
長屋の連中がひそひそと話し出した。
「おまいさんいくら持っているかい」
「あいにく一文も持っていないよ」
「わたしもさ」

 なにしおう貧乏長屋、仕事でも終えての夕間暮れならまだしも朝早くからお金を持っていないのは当然だと思えた。
「ちょっと待っておくれ」
 見かねて女将さんたちが長屋に駆け込んで戻ってきた。
「一文銭は無いけれど四文銭ならあるから、持っておゆき」
と、なけなしを持ってきた。
「四文じゃ足りないよ、あの世に行くには六文無ければならない。かといって私も四文銭しかない」
その女将さんもへそくりの四文銭を握りしめて来た。
「亭主には内緒だよ」

 それ一つ取っても八は長屋の者に好かれる果報者だとわかる。
「それじゃあ皆に申し訳ねえ」と八は拒んでいたが
「六文持ってゆかないと地獄に落とされるそうだから、それじゃあ長屋の連中も目覚めが悪い是非とも持って行ってもらうよ」

「でも一文銭で六文でなくっていいのかい」
と誰かが言った。
「いいも悪いもこれしかお宝が無いのだからしょうがないわね」
「足りないよりも多い方が閻魔様のミコもよくなるたとえさ、無くて地獄に落とされるよりいい、持ってゆきなさいよ」
と言われ涙ながらにその八文を受け取った。

 八っぁんはまだ二十八、死神が迎えに来る歳でもないし
馬鹿は風邪もひかないというが病気などしたことなど無いと自慢するほどの健康だ。
だが人には寿命というのがあって老若男女を問わずいずれあの世からお迎えが来る。

 八っぁんはあの世からお迎えが来たとしても阿弥陀様だと皆思っているので恐ろしい鬼が迎えにきたということは長屋の連中はもう地獄に連れて行かれると思っている。
「なにかえ、八っぁんがいくら真面目に暮らしていても貧乏人は地獄に行くってことかい」
こわごわながら長屋の女将さんらは懇願するような目で死神さんに話しかけた。
いずれ自分たちも寿命が尽きる時が来る、その時に死神に地獄に連れて行かれるのはまっぴらだという思いもある。

 そうと察した死神は長屋の連中を前に話を始めた。
 実はシャイで人見知りの死神はほとんど人間と話をしない。


「死ぬときは阿弥陀様が迎えに来てくれると巷で思われているようだが、実は違う。まずは一人で死出の山を越え三途の川を渡り初七日から審査を受け良い人間だとわかって初めて阿弥陀様が極楽へと導いてくださる」
 なんでこんな話をしなければならないんだと死神は思いながらも
「まず亡くなるときに迎えに来るのは死神と決まっている。大抵は【無常の殺鬼】と呼ばれる儂が善人も悪人もなく等しく迎えに来る。ただ火車という死神が迎えに来たものは地獄と決まっている」
「じゃあみんな地獄かね」
 どうも儂の姿が怖いのでみんな地獄へ連れて行かれると思うらしい。
「儂はお迎えに来るだけでその後一人で死出の山を越え三途の川を渡り閻魔様の裁判を受ける。生まれ変わるところが六つあって、生前の行いによって裁判され結審でそれぞれ生まれかわるところが決まる。儂には生まれ変わる先などわからん」

「わたしゃ旦那様と同じところがええのう」
「俺もお前と一緒の所がいい」
 中には涙ぐむ者まで出る始末。
 勝手にさらせ、などといい加減なことは言えないし、なんでこんな話をする羽目になったのか猛省しきりの死神さん。

「八っぁんはどこに連れてゆかれるんだろうね」
「八っぁんきっと極楽だよ」
「地獄じゃないといいね」なんて勝手に想像を膨らませる長屋の連中。



更新日:2017-10-19 10:18:31

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