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四文銭 1

【八文銭】    

 八っぁんの家の玄関先に死神がやってきた。
家と言っても時代劇によく出てくるどぶ板長屋
 戸なんぞ勢いよく開けたもんならバラバラに崩れてしまうような貧乏長屋の前に死神が現れた
 戸の破れ障子の隙間から鬼が覗いているのを見て八は驚いた。
そりゃそうだ鬼なんてめったにお目にかかれるもんではない。
勿論八は鬼を見るのは初めてだ

 普通ならば怖くて腰を抜かすもんだが八は珍しいものを見つけた子供のように戸をガラガラと開け飛び出して行って鬼を「フムフム」なんて言いながら甞める様に眺めている。
「八っぁんかな」
 鬼が日本語で話しかけて来たのに驚く様子もなく
「なんで俺の事を知ってんの」

 死神が来た!と長屋の連中はピタリと戸を閉め息を殺して聞き耳を立てていたが、自分のところに来たのではないと知ってホッとした。
八っぁんのところへ来たと知って長屋の連中がぞろぞろと出てきた。
八はおっちょこちょいな所もあるが曲がったことの大嫌いなお人好しで長屋の連中に好かれている。
そんな八のところに死神が来たなんて恐ろしいより何とか間違いであってほしいと遠巻きに成り行きを見守っている。
「もし八をあの世に連れてゆくなら代わりにあたしを代わりに連れて行っておくれ!」
なんて殊勝なことは誰も言わないが。

「お前さんほんとにほんとの鬼かい」
 普通は鬼の姿を見ただけで卒倒するか怖さで口もきけない人間ばかり。
「そうだ」大抵は忌み嫌われるキャラの鬼が親し気に寄ってきた八に困惑している。
「で、なにかいおいらに用事でもあるのか。それとも届け物でも持ってきたのかい」
「儂のこと知らぬのか」
「知らないねえ。どころか節分のぬいぐるみの鬼しか見たことないね」
「儂は死神だ」
「死神って、あの死にそうな人間を迎えに来るって言われてる神様かい」
「そうだ」
「へえ~鬼が神様なんぞ初めて聞いた」
死神はコホンと一息入れて
「昔から鬼は神だ」
八に言っても詮無いことだと死神は思った。
きょとんとした顔で八は死神を見ていたが
「で死神さんがおいらの所に来たということはだな。おいらは死ぬということだ」
身に覚えがないなとブツブツ八は呟いている。

 八っぁんはまだ二十八、死神が迎えに来る歳でもないし
馬鹿は風邪もひかないというが病気などしたことなど無いと自慢するほどの健康だ。
だが人には寿命というのがあって老若男女を問わずいずれあの世からお迎えが来る。

 八っぁんはあの世からお迎えが来たとしても阿弥陀様だと皆思っているので恐ろしい鬼が迎えにきたということは長屋の連中はもう地獄に連れて行かれると思っている。
「なにかえ、八っぁんがいくら真面目に暮らしていても貧乏人は地獄に行くってことかい」
こわごわながら長屋の女将さんらは懇願するような目で死神さんに話しかけた。
いずれ自分たちも寿命が尽きる時が来る、その時に死神に地獄に連れて行かれるのはまっぴらだという思いもある。

 そうと察した死神は長屋の連中を前に話を始めた。
 実はシャイで人見知りの死神はほとんど人間と話をしない。


「死ぬときは阿弥陀様が迎えに来てくれると巷で思われているようだが、実は違う。まずは一人で死出の山を越え三途の川を渡り初七日から審査を受け良い人間だとわかって初めて阿弥陀様が極楽へと導いてくださる」
 なんでこんな話をしなければならないんだと死神は思いながらも
「まず亡くなるときに迎えに来るのは死神と決まっている。大抵は【無常の殺鬼】と呼ばれる儂が善人も悪人もなく等しく迎えに来る。ただ火車という死神が迎えに来たものは地獄と決まっている」
「じゃあみんな地獄かね」
 どうも儂の姿が怖いのでみんな地獄へ連れて行かれると思うらしい。
「儂はお迎えに来るだけでその後一人で死出の山を越え三途の川を渡り閻魔様の裁判を受ける。生まれ変わるところが六つあって、生前の行いによって裁判され結審でそれぞれ生まれかわるところが決まる。儂には生まれ変わる先などわからん」

「わたしゃ旦那様と同じところがええのう」
「俺もお前と一緒の所がいい」
 中には涙ぐむ者まで出る始末。
 勝手にさらせ、などといい加減なことは言えないし、なんでこんな話をする羽目になったのか猛省しきりの死神さん。

「八っぁんはどこに連れてゆかれるんだろうね」
「八っぁんきっと極楽だよ」
「地獄じゃないといいね」なんて勝手に想像を膨らませる長屋の連中。


 死神は八に尋ねた
「ところで六文銭は持ったかな」
 あの世に渡るときに六文銭を持ってゆかなければ三途の川を船で渡してもらえない事など長屋の連中でも三歳の子でも知っている常識だが八に言っても仕方がない。
「六文銭が無いと三途の川で苦労することになるが・・・」と死神。
「なあに三途の川などちょちょいと泳いで渡ればいいことさ」








  




更新日:2017-10-19 09:43:51

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