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第十章 革命戦略

第一話 エーラインの提唱
 ラズ山地の中の農民叛乱軍の本拠地は、比較的のんびりとした雰囲気にあった。カスラ・エーラインの立てた作戦が功を奏して討伐軍を撃退した沼の森の戦い以来、再度の正規軍の遠征の様子は見られなかった。
「スワク・ウローグの西部軍が、シュナゴールの方に向かったそうだ」
 叛乱軍のアジトとも言える小屋に入ってくるなり、首領のバクル・ザムスが、エーラインに向かって言った。後には、見慣れない農民の男が一人ついてきている。エーラインは、農具である鎌を研いでいるところであった。エーラインの横では、百姓の小男が、すでに研ぎ上がった鎌を油布で丹念に拭いている。
「鉱山奴隷は鎮圧されたのですか?」
「いや。一旦は引き揚げて、東部に兵力を向けるためだろう」
「すると、こちらか……」
「そう。ドゥナの方のいずれかだ……どっちだと思う? エーライン」
 樽から鍋に水を入れながら、ザムスが質問した。
「即断はしかねます。こちらに来てもよいように、準備はしておくべきです」
 エーラインは、鎌を研ぐ手を休めないまま答えた。
「なるほどな……で、こちらは、この前までドゥナで農民をやっていたマッスナだ。マッスナ、俺たちの参謀役のカスラ・エーラインだ。とにかく、何でもよく知っているんだ」
 鍋を火にかけながら、ザムスが連れてきた男を紹介した。エーラインは研いでいた鎌を横の小男に渡すと、起ち上がって、マッスナという男と握手した。
「マッスナは、ドゥナで、何度かレトナ・インを見かけているそうだ」
「ほぅ……」
「で、ドゥナでの叛乱について、何か情報があればと思って連れてきた」
「そうですか……マッスナさんから見て、レトナ・インという人物はどうですか?」
 エーラインは、興味深い顔で尋ねた。
「はい……元は、どこから来たかのかも、分からない小僧です。先代のお屋敷に気に入られて奉公しているうちに、スドラ国に遠征した時に戦死した先代お館の仇を討ったので養子に入り、跡を継ぎました」
「ふ~ん……じゃあ、元々、レトナ家の出ではなかったんだ……」
「とんでもない。なんか、運よく潜り込んだ形です。でも、実際は操り人形で、レトナ家を動かしているのは、執事のカラギ・ツヒとお屋敷の実家のスクイラ家という、もっぱらの噂です」
「操り人形か……で、インとは直接会ったのですか?」
「いや。直接話したわけではありませんが、賭場で何度か……」
「賭場?」
「ええ。お恥ずかしい話ですが、あっしも、たまに、地元のグーダというヤクザの開いている賭場で遊んでおりやした。そこで、何度か、家の子たちと一緒に遊びに来ているインを見かけておりやす」
「お館が賭場に出入り!?」
「へえ。奉公しだしたときから、仲間たちと一緒によく遊びに来ていましたが、お館になってからも頻繁に来ていました。賭場じゃあ、『お館さま』ではなく『お館さん』と呼ばれていました。皆、正体は分かっていましたからね。ヘッへ……賭場だけでなく、女郎宿にも通っておりやした。とにかく、若いくせに、飲む、打つ、買うだけは、シッカリと心得ている小僧でしたから……」
「こりゃどうも、ボンクラをお館にデッチ上げて、その執事とスクイラ家で、レトナ家を乗っ取ったというのが、真相のようだな」
 ザムスが湧いた鍋から四つの木の椀に湯を注ぎながら、率直な感想を吐露した。
「すると、このたびの叛乱も、そのカラギとかいう執事とスクイラ家が描いた筋書きということか……」
 マッスナにも座を進めながら、エーラインは自分もイスに腰を掛けた。後ろでは、小男が、鎌の手入れを引き継いでいた。
「となれば、エーラインが提唱していたドゥナの叛乱との連携も、その執事かスクイラが真の交渉相手だな。成り上がりのお館さんとやらを相手にしても仕方ない……ウークン」
 ザムスは座についた二人に湯気の立つ椀を差出しつつ、ウークンと呼ばれた、後ろで鎌を研いでいる小男にも椀を手渡した。叛乱軍の首領とはいっても、一向に偉ぶった素振りはない。
「ありがとうごぜいます。とにかく、インときたら文字すら読めませんから、こちらの軍師様がまともに相手するような輩じゃあ、ありませんぜ」
 そう言うと、マッスナは、白湯をすすり出した。エーラインは、鎌を研いで冷えた両手を温めるように椀を両手で押し包んだまま、立ち上がる湯気を黙って見つめていた。

更新日:2018-06-03 18:12:40

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