- 59 / 106 ページ
第八章 叛乱の徒
第一話 裏工作
シュナ城内の一室で、廷臣たちが数人で会議を開いていた。最上座に腰をかけているのが、宰相のコルシ・バスル、対面には近衛隊長のハイハク・スグセ、他に五名ほどの重臣が列席していた。コルシとハイハク以外の五名は、それぞれの派閥が二名に、中間派の内大臣一名からなっていた。
「で? 執事のカラギ・ツヒは待たせてあるのだな?」
コルシ宰相が、前で両手を組みながら、対面のハイハクに問い質した。
「はい。沙汰を待つとのことです」
腹の内はともかく、宰相という立場にある政敵に対して、慇懃な態度のハイハクであった。
「なるほどな……殊勝と言えば、殊勝だが……(ハイハクもワイロを受け取っているはずだ。ツヒは、そういったところは、抜け目がない男だ……)」
「私としては、事を荒立てるべきではないかと。第一に、スクイラからの嘆願書が出ています」
ハイハクが懐から一通の書状を取り出し、テーブルの上に置いた。スクイラ・ジムルがツヒに託した、自分の所領への税の追徴免除とレトナ家への寛大な処置を記した嘆願書であった。
「うむ……」
宰相がそれを手に取り、広げて一読した。
「レトナだけならまだしも、スクイラまで絡んでいますから、万が一のことがあったときは……」
「叛乱でも起こすというのか? アッと言う間にひねりつぶされるということぐらいは、分かっているだろう?」
そう言いながら、宰相は、臨席の廷臣に嘆願書を渡した。
「しかし、最近の農民どもの叛乱の例もあります。やはり、穏便に済ませるべきでは……(こいつも、ツヒの工作を受けているはずだが、反応が悪いな……)」
「徴税吏を三名も殺したのだ。そう簡単に、済ますわけにもいかん。それに、ここで、レトナとスクイラに免税を認めると、そこかしこから、図に乗って同じ要求をしてくる豪族どもが出てくる。今の国庫の状況を考えると、そうはいかない」
「では、徴税吏たちの賠償ということで、レトナへは課徴金を課すというのはいかがでしょう。筋は通ります」
ハイハクなりに考えた、レトナ家の弁護であった。
「それとな……」
「は?」
「レトナ家の当主の……インとか言ったな、あれは脱走奴隷という噂があるじゃないか」
「確かに、腕には奴隷の紋が入っていますが、私は、開放奴隷と聞いております」
「いずれにしても、奴隷出身だ。信用などできん!」
宰相のコルシ・バスルは、官吏登用試験の最終審査で、親が開放奴隷という理由で、カスラ・エーラインを不合格にした男であった。
カラギ・ツヒは、宮廷内の客間でジリジリしながら待っていた。コルシ派、ハイハク派を問わず、要所、要所に十分なワイロを渡し、加えて日頃から培っていた宮廷内での人脈を生かして、陳情工作もぬかりなく行っていた。最低限、インとレトナ家そのものの助命を勝ち取れる感触は得ていた。
内部対立の激化から王室が力と権威を失い、それがために下剋上によって主家が滅ぼされた経験をもつツヒ(ダルグラッセ・ラグーナ)にしてみれば、それがそのまま右から左へと書き写されたようなシュナ王室内の対立は、歯がゆくもあった。
(こんなことをしているから、農民叛乱が起こり、他の地域の百姓も小豪族も苦しむんだ……もっとも、インの首を差し出そうと考えた俺自身も、それを消極的に許容していたことに違いはない……)
ツヒが内心で自戒したとき、廊下から「バタバタ」と慌ただしい足音が響いてきた。ツヒが振り向いた瞬間、荒々しく客間の扉が開き、戦士たちが踏み込んできた。
「レトナ家執事カラギ・ツヒ! 叛乱の容疑で逮捕する!」
先頭に立つ隊長らしき戦士が、座っているツヒを見下ろすようにして罪状を告げた。
「なに!?」
驚くツヒに対して、間髪を入れずに戦士たちが群がり、アッと言う間に後ろ手に縛り上げ、ツヒはひっ立てられてしまった。
廊下を連行される間、ツヒは冷静さを取り戻し、周囲の戦士たちを観察していた。
(軍服からすると、近衛兵ではない。宰相直属の衛視どもだ。コルシめ……)
ハイハクがどう動いたか、動かなかったかは分からないが、いずれにしても、ツヒの工作が失敗に終わったことは確かであった。
(しまった! 俺の読みが甘かったか……)
ツヒは、奥歯を噛みしめた。彼が連れて行かれた先は、城内の牢獄の独房であった。
シュナ城内の一室で、廷臣たちが数人で会議を開いていた。最上座に腰をかけているのが、宰相のコルシ・バスル、対面には近衛隊長のハイハク・スグセ、他に五名ほどの重臣が列席していた。コルシとハイハク以外の五名は、それぞれの派閥が二名に、中間派の内大臣一名からなっていた。
「で? 執事のカラギ・ツヒは待たせてあるのだな?」
コルシ宰相が、前で両手を組みながら、対面のハイハクに問い質した。
「はい。沙汰を待つとのことです」
腹の内はともかく、宰相という立場にある政敵に対して、慇懃な態度のハイハクであった。
「なるほどな……殊勝と言えば、殊勝だが……(ハイハクもワイロを受け取っているはずだ。ツヒは、そういったところは、抜け目がない男だ……)」
「私としては、事を荒立てるべきではないかと。第一に、スクイラからの嘆願書が出ています」
ハイハクが懐から一通の書状を取り出し、テーブルの上に置いた。スクイラ・ジムルがツヒに託した、自分の所領への税の追徴免除とレトナ家への寛大な処置を記した嘆願書であった。
「うむ……」
宰相がそれを手に取り、広げて一読した。
「レトナだけならまだしも、スクイラまで絡んでいますから、万が一のことがあったときは……」
「叛乱でも起こすというのか? アッと言う間にひねりつぶされるということぐらいは、分かっているだろう?」
そう言いながら、宰相は、臨席の廷臣に嘆願書を渡した。
「しかし、最近の農民どもの叛乱の例もあります。やはり、穏便に済ませるべきでは……(こいつも、ツヒの工作を受けているはずだが、反応が悪いな……)」
「徴税吏を三名も殺したのだ。そう簡単に、済ますわけにもいかん。それに、ここで、レトナとスクイラに免税を認めると、そこかしこから、図に乗って同じ要求をしてくる豪族どもが出てくる。今の国庫の状況を考えると、そうはいかない」
「では、徴税吏たちの賠償ということで、レトナへは課徴金を課すというのはいかがでしょう。筋は通ります」
ハイハクなりに考えた、レトナ家の弁護であった。
「それとな……」
「は?」
「レトナ家の当主の……インとか言ったな、あれは脱走奴隷という噂があるじゃないか」
「確かに、腕には奴隷の紋が入っていますが、私は、開放奴隷と聞いております」
「いずれにしても、奴隷出身だ。信用などできん!」
宰相のコルシ・バスルは、官吏登用試験の最終審査で、親が開放奴隷という理由で、カスラ・エーラインを不合格にした男であった。
カラギ・ツヒは、宮廷内の客間でジリジリしながら待っていた。コルシ派、ハイハク派を問わず、要所、要所に十分なワイロを渡し、加えて日頃から培っていた宮廷内での人脈を生かして、陳情工作もぬかりなく行っていた。最低限、インとレトナ家そのものの助命を勝ち取れる感触は得ていた。
内部対立の激化から王室が力と権威を失い、それがために下剋上によって主家が滅ぼされた経験をもつツヒ(ダルグラッセ・ラグーナ)にしてみれば、それがそのまま右から左へと書き写されたようなシュナ王室内の対立は、歯がゆくもあった。
(こんなことをしているから、農民叛乱が起こり、他の地域の百姓も小豪族も苦しむんだ……もっとも、インの首を差し出そうと考えた俺自身も、それを消極的に許容していたことに違いはない……)
ツヒが内心で自戒したとき、廊下から「バタバタ」と慌ただしい足音が響いてきた。ツヒが振り向いた瞬間、荒々しく客間の扉が開き、戦士たちが踏み込んできた。
「レトナ家執事カラギ・ツヒ! 叛乱の容疑で逮捕する!」
先頭に立つ隊長らしき戦士が、座っているツヒを見下ろすようにして罪状を告げた。
「なに!?」
驚くツヒに対して、間髪を入れずに戦士たちが群がり、アッと言う間に後ろ手に縛り上げ、ツヒはひっ立てられてしまった。
廊下を連行される間、ツヒは冷静さを取り戻し、周囲の戦士たちを観察していた。
(軍服からすると、近衛兵ではない。宰相直属の衛視どもだ。コルシめ……)
ハイハクがどう動いたか、動かなかったかは分からないが、いずれにしても、ツヒの工作が失敗に終わったことは確かであった。
(しまった! 俺の読みが甘かったか……)
ツヒは、奥歯を噛みしめた。彼が連れて行かれた先は、城内の牢獄の独房であった。
更新日:2018-04-13 18:55:29