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第四話 エーラインの罠
 圧勝であった。山を越えるや、正規軍とレトナ軍、スクイラ軍は、精鋭を先鋒として、叛乱軍の中央に攻めかかった。左翼と右翼の部隊が、それを囲む暇もないほどの迅速さであった。槍や刀を突き合わせると、戦士と百姓たちでは、勝負にならなかった。
 後続部隊が、叛乱軍の両翼部隊に攻めかかると、ジリジリと全体が押され出し、しばらくすると、後方の森に向かって退き始めた。
「取り越し苦労だったな! やはり、正規軍のお偉いさんの言うことが、土の者の言うことより正しかった!」
 インの横で戦況を見ているコシが、笑った。マトとカコは、山を越えた時点で陣を離れていた。情報の収集と部隊間の連絡までが、彼らの役目であり契約内容であったからだ。
「うん……」
 頷きながらも、インはまだ釈然としない表情であった。そんなインを横目で見ながら、ツヒは淡々と指揮をとっていた。
 正規軍は、逃げ始めた百姓たちを追って、森の中に攻め込み始めた。
「我らも、進みます」
 ツヒの言葉に、インは黙って頷いた。正規軍、レトナ軍、スクイラ軍が、総掛りを命じるドラを連打し、一斉に森に向かって追撃を開始した。

 うさぎ狩りのつもりで森の中に入って行った兵士たちは、次第に、状況がおかしいことに気づき始めていた。森の中はそこかしこに沼があり足場も悪かったが、落とし穴に落ちる者が続出した。さらに、茂みから槍を構えた百姓たちが躍り出て、各所で白兵戦が展開されるようになっていた。
 こうなると、兵力差は関係なかった。狭い空間で、十人単位での戦闘が繰り広げられた。木の上から投網を受けて身動きがとれなくなったところに、槍を突き立てられる者もいた。沼に追い立てられて、そのまま沈められる者もいた。足元に張られた綱で、転ぶ者も続出した。指揮系統は寸断され、最早、戦闘部隊としての体はなしていなかった。
 インの周囲も、いつの間にか、ツヒ、ルコなど十数名しかいなくなり、いつどこから現れるか分からない敵のため、ほとんど恐慌状態に陥っていた。
「とにかく、引き上げよう!」
 繰り出される槍を払いながら、ツヒが背後のインに声を張り上げた。
「分かりました! ルコ、いるか!?」
「いるぜ! 早く、逃げようぜ!」
 ルコの悲鳴混じりの返答が聞こえた瞬間、インの右太ももに激痛が走った。背後の茂みから繰り出された槍であった。
「ウッ!」
 生まれてこのかた味わったことのない激痛に耐えきれなくなり、インはその場に倒れ込んだ。「ウリァ!」と掛け声が聞こえ、槍の主が、インの正面に躍り出て来た。ひげ面の百姓であった。座り込みながらインは剣を構えたが、渾身の力で突き降ろされようとする槍を、受けられるようには思えなかった。
(殺される!)
 歯を食いしばった。そのとき、悪鬼の形相をした百姓の喉元に、何かが突き立った。
「ウ、ウグ……」
 声とも呻きともつかない音を発して、百姓は倒れ込んだ。見ると、刃物が突き刺さっており、サッと何者かが駆け寄ってかがみ込み、それを引き抜いた。
「大丈夫ですか?」
 気がつくと、インのすぐ横に別の者が寄り添っていた。カコであった。落ち着いて見ると、刃物を引き抜いたのはマトであった。
「……」
「一人で歩くのは無理でしょう。私が肩を貸しますから、すぐにここから出ましょう。正規軍も壊滅状態です」
 その瞬間、インはカコの背後から斬りかかってくる敵に気が付いた。が、インが気づくより早く気づいていたのか、カコは腰から剣を抜くや、振り向きざまに一刀で切り捨てた。
「マト。いくわよ!」
 何事もなかったかのように、カコはインを抱きかかえて起こした。ふくよかな胸が、インの胸に当たる。逆側にマトが寄り添い、インの腕を抱えた。
「ウッ!」
 インの足に、激痛が走った。
「森を出たら、とりあえず応急処置をします。それまで我慢して下さい」
 カコが優しく囁いた。インは、小さく頷いて応えた。

更新日:2018-02-10 13:55:37

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