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第四話 土の者
 出兵に関する打ち合わせは、滞りなく進んだ。無論、インに分かろうはずはなく、ほとんど、カラギ・ツヒと宮廷武官との間で話が進められていた。
「では、遺漏なきようにお願いします」
「承知しました」
 ツヒが、武官たちに深く頭を下げた。万事、如才のない男であった。釣られるように、インもぎこちなく頭を下げた。そんなインを見て、武官たちは「フッ」と薄く笑った。「お飾りのお館さん」は、誰の目にも明らかであった。
 ただ、武官の一人が、インの方に改めて向き直った。
「ああ、それからレトナ殿、シュナ国が雇い入れている土の者で、これからレトナ家との間のつなぎをつける者どもを、この後、引きあわせます。よしなにお願い致しますぞ」
「土の者?」
 インが初めて耳にする言葉であった。
「民百姓に混じったりしながら、常日頃から、各種の情報を収集することを仕事とする者たちです。身分賤しき者たちですが、その者たちの間にしか伝承されていない、特殊な技術を数多く身につけております」
 ツヒが、説明した。
「戦では味方になるのですか?」
「首領との契約内容によります。土の者はそれぞれ一族に所属し、一族の首領がすべてを束ねております。王室や豪族が首領と契約すれば、支払われる金に応じて、首領は一族の者をよこしてきます」
「一族……」
「一族と言っても、本当に血縁関係があるとは限りません。もちろん血縁関係も多く、世襲が多いですが、固く結ばれた師弟関係が血縁関係を上回っています」
「特殊な技術があるのであれば、司祭や医師のように、身分が尊ばれてもよいのでは?」
「司祭や医師は、人々を助ける生業です。しかし、土の者たちは、正義、不正義を問わず金によって雇われ、暗殺もします。金によって誰にでも抱かれる女郎のようなものです」
 女郎という言葉を聞いて、インはツヒから視線を反らした。ツヒがインたちの女郎宿通いを知っていることは、明らかであった。
「当家の雇っている土の者は、ガクリルム山脈内に根城を構えるモザ一族の者たちです」
「モザ一族……」
「首領はモザ・フ・ブツといいます。もっとも、我が国の者で、ブツの面体を見た者はおりませんが……」
 宮廷の武官が、笑いながら説明してくれた。
「首領に会わずに、契約をしているのですか?」
「幹部の者たちは、できる限り面体を表しません。何せ、敵が多いから……それでも、契約は必ず守ります。その限度では、信用できます。だから、太古の昔から、彼らは連綿と続いているのです」
「ふ~ん……」
「今回は、情報収集とつなぎに限った依頼をしています。百姓ども相手なのに戦まで手伝わせたのでは、割に合いませんから」
「なるほど……」

 打ち合わせが終了して、宮殿を出たところで、インの前に二人の男女が膝まずいていた。一見したところ、百姓のような身なりであったが、それぞれ短めの剣を帯びていた。二人とも、髪の色はこの辺りに多い濃い茶色で、元々長い髪を短く巻いていた。男の方は二十前後と若く、中肉中背であったが、袖なしの上着からのぞいている両腕は筋肉が隆起していた。女の方も二十前後で、肌は白く、腕や足は衣服の下であったが、かなり鍛えられていることは想像できた。
「この二人です」
 武官に紹介されて、二人は顔を上げた。
「長(おさ)、モザ・フ・ブツの命で参上しました。モザ・ウ・マトであります」
 男が、名を名乗った。面長で口元はしっかりと結ばれ、瞳は薄い水色であった。
「同じく、モザ・カ・カコであります」
 女が、続いて名乗った。身なりだけでなく顔の造形も、そこいらの百姓娘のような素朴な感じであった。ただ、頭を下げているときには気付かなかったが、豊かすぎるとも言える胸のふくよかさは、明らかにインの目を引くものがあった。
「これからは、この二人が、シュナ国本営とレトナ殿との間をつなぐ仕事を致します。何卒、よしなにお願いします」
「承知しました」
 初めて出会う奇異な者たちに関心を奪われているインに代わって、ツヒが丁重な返答をした。

 インたちレトナ家の一行は、その日は城外の宿に投宿し、翌朝早く、ドゥナへと出立した。一行から距離を置いて、杖を持った修行僧姿のカコとマトが後に続いていた。

更新日:2018-01-12 14:58:16

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