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第四章 シュナ国

第一話 お館さん
 レトナ家に養子入りしたインは、カース・インからレトナ・インへと改名した。表向きは養子入りしたため、シンは養母ということになったが、だからといって、二人は以前からの関係を改めることはなかった。不倫かつ不義理が近親相姦に変わったわけだが、後者については、二人の感覚からは何の罪悪感もなかった。望んで養親子関係になったわけでもなく、余計なお世話以外の何物でもなかった。しかも、仕組んだツヒ自身が、二人の関係を知っていたばかりでなく、その継続を推奨する発言すらしていた。

 刈り入れも全て終わり、ガクリルム山脈の西側一帯は、冬支度を始める季節になっていた。デーラ・ルコは、忙しく厩舎に藁を運んでいた。
「ルコ……」
 呼ばれてルコが振り返ると、そこには、旧友である主人が立っていた。
「あ……お館さま……」
 まだ、どう対応してよいのかよく分からず、ルコは戸惑っているようであった。
「よせよ。普段は、今までどおりでいいよ」
 馬に歩み寄りながら、インはこそばゆそうに話した。
「なあ、今夜、久しぶりにグーダ・タクンの賭場に行かないか?」
 馬の首をなぜながら、インがイタズラ気味に問いかけた。そんなインの頬を、馬が舌を出して「ペロン」と舐めた。ルコは、「クスッ」と笑った。
「その後は?」
「決まっているじゃん。ヘッへッへ……でも、母上様には、単に飲みに行ったということで頼むぜ。怒られちゃうからよ……」
 インが馬の首をなぜると、さらに馬はインの頬を舐め、インはくすぐったそうな顔をした。昔から、なぜか、インは家畜などの動物たちから好かれる傾向があり、ルコはそれをよく知っていた。ルコは、納得したように笑いながら頷いた。ただ、インの言った怒られる理由とルコの受け取った怒られる理由では、その意味合いは異なっていた。
「コシさんにも、伝えておいてよ」
「分かった」
 ルコの返事を聞くと、インは馬の鼻面をポンと軽く叩いて、厩舎から出て行った。

 久しぶりに、グーダ・タクンの賭場に入ってくる悪友三人組の姿があった。その中のインの姿を見るや、タクン以下、博徒や遊び人たちがぞろぞろと集まってきた。
「おおお! これはこれは、レトナのお館さん。こんなむさいところではありますが、どうぞ、心行くまで遊んでいっておくんなせい!」
 似合わぬ愛想笑いをしながら、タクンがすり寄ってきた。
「むさいことはとっくに分かってるさ。今日は、久しぶりに羽を伸ばしに来たんだ」
 インは、「ニヤニヤ」としながら応じた。周囲の博徒たちは、掛け合い漫才でも見ているように笑い出した。
「さぁ、よろしいですか!?」
 活きの良い侠客が、木の筒を振っていた。ミソワ・ジュウ、薬使いの施術で命を助けられた男であった。
「へぇ。すっかり良くなったんだ……」
 コシが目を見張った。
「ああ、おかげさんでね。高い金を払っただけのことはあった」
 タクンは、ホッとしたような表情で答えた。外れ者ではあったが、もともと子分を可愛がる男であり、それだけに大きなシマを抱えていたのであった。
 久しぶりにひと遊びして、三人は次の予定に向けて賭場の出口へ向かった。見送るタクンの横で代貸しのメソラ・ヒッソが、思い出したようにインに尋ねてきた。
「お館さんよ。そう言えば、先日、シュナゴールの方で、またぞろ農民たちの叛乱が強まってきたから、ドゥナ地方も含めて地方豪族たちから鎮圧のための兵を集めるという話を聞いてきたぜ。耳に入っているかい?」
「……いや、ツヒさんからは何とも……」
 レトナ家の内実を窺わせる、インの返答であった。
「このヒッソは、シュナゴールから帰ったばかりだ。あっちの筋者たちからの情報だが、結構、確かなものだぜ」
 タクンの自慢げな言葉だが、インもコシたちもそれは分かっていた。
「何でも、農民たちは前よりかなり強くなって、正規軍を破ったりするまでになっているらしい」
「また遠征かい……」
 コシが、露骨に嫌な顔を示した。
「せいぜい気をつけてくれや、お館さんよ……」
 つい最近殺されたばかりのお館さまの地位にあるインに対して、タクンが同情的な顔をしつつ送り出した。
 賭場を出て、ルコが、心配げにインの方を振り返った。
「何とか、戦に出なくて済む方法はないかな?」
「そんなことより、早く、女郎宿に行こうぜ……」
 心配そうな表情のルコとコシに向かってそう言い放つと、インは「スタスタ」と歩き始めた。

更新日:2018-01-01 18:20:31

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クラムの物語 -カース・イン- 第一巻 革命立国