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 ベクラ峡谷から平野部に抜けてしばらく行軍すると、前方の小山から狼煙が上がった。時刻は、夕刻であった。小山の背後は森林地帯であるが、そこから、ぼろ布を旗印とし、統制のとれていない衣服、武器を身にまとった一群が湧き出てきた。
「叛乱農民だな……」
 ツヒが呟いた。シュナ国中央に対して叛乱を企てている農民叛乱であった。スドラとは連絡を取り合っているらしく、敗北し追われてベクラ峡谷を出てくるレトナ軍を待ち伏せていたようであった。
「西側からも出てきます!」
 コシが叫んだ。周到な待ち伏せであった。疲労し、兵力も減少しているだけに、全軍が動揺し始めた。しかし、ツヒは慌てることなく、馬を前進させながら周囲を見渡した。そして、一人で何かに納得し頷くや、馬の首を全軍に向けた。
「数は大したことはない! 武器も百姓の持ち合わせだ! まず、輪形陣をとり、矢で防ぐ! 盾のある者は、前に出て盾を立てよ! その盾の後ろは弓隊! その後ろは、歩兵! 中央部に騎馬!」
 疲れてはいたが、ツヒの号令に従い、たちまちのうちに野原に人間と盾の小城が完成した。叛乱軍は狩り用のドラや太鼓を鳴らしながら、この小城に攻めかかった。
「弓、構えーーーぃ!」
 中央部のツヒが、よく通る声で指令を出す。盾の背後で弓を構えた戦士たちが立ち上がり、弦を力いっぱい引き絞った。農民たちは声を挙げながら、槍やこん棒を振り上げ突き進んで来る。レトナ軍の空気に恐怖感が広がり始めた。すでに、弓の射程距離内に、農民たちは駆け寄っている。
「まだだ! まだだぞ!」
 ツヒの声が響き渡った。弓を引き絞る者たちは、恐怖感に耐えていた。迫りくる百姓たちの鬼のような形相が、一人一人判別できる距離に達していた。人間が理性をかなぐり捨てて、獣に戻っていた。
「放てーーー!!」
 ツヒが号令した。円形の小城から、一斉に、放射状に矢が放たれた。間違っても外すことのない距離であり、加えて、至近距離だけに水平射撃で殺傷力は強かった。次々と、百姓たちの顔面、胸部、腹部などに矢が深く突き立ち、小城を囲んで狭まっていた輪は、その動きを一瞬で停止させた。
 しかし、さらに後方にいる百姓たちは、小城目指して、喚声を挙げながら駆け寄ってきた。
「構えーーーぃ!」
 ツヒの再度の号令が下り、再び、矢がつがえられた。一射目の命中度の高さと百姓たちの動きの停止で、戦士たちの恐怖感はかなりの程度払拭されていた。
「放てぇーーい!」
 再び、放射状に矢が飛んでいった。一斉に、多くの百姓たちが倒れ込んだ。数少ない者が盾にまでたどり着いたが、盾の隙間から繰り出される槍で串刺しにされるだけであった。
「構えーーーぃ!」
 さらに、矢が構えられた。戦士たちの心中には余裕が生まれて、狙いも落ち着いたものになっていた。
「放てぇーーぃ!」
 前方でバタバタと倒れてゆくのを見て、多くの百姓の足が止まっていた。今度は、一射目よりかなり遠い射撃であったが、十分に射程距離内であった。多くの者に命中し、最早、小城に爆走してくる百姓はいなかった。
「よし! 攻めかけーーぃ!」
 ツヒが号令するや、「オオー」と鬨の声が挙がり、輪形の小城は四方へと拡散した。この時点で、ほとんどの百姓は戦意を失い敗走を始めた。
 この予期せぬ待ち伏せに対する、ツヒの豪胆かつ理にかなった指揮ぶりを、インは間近でつぶさに観察していた。
(お館さまより凄い……)
 むろん、これまでの主であるカインの側近として、ツヒは作戦の提案はしていたが、直接の指揮はあくまでもカインがとっていた。しかし、ツヒが直接指揮をとると、同じ軍勢でもその動きはガラッと変わった。
 四方へ攻めかかった戦士たちは、まるでウサギ狩りのように、生き残った百姓たちを追いかけ回し蹴散らしていた。

更新日:2017-12-09 18:08:47

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クラムの物語 -カース・イン- 第一巻 革命立国