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第三章 弔事と慶事

第一話 農民叛乱
 負け戦であった。シュナ国正規軍もレトナ軍も、侵入してきたベクラ峡谷を命からがら退却してきた。殿を務めたのは、比較的損害の少なかったスクイラ・ジムルの部隊であった。
 ベクラ峡谷を抜けてようやくシュナ国の版図内に戻ったときには、かなりの戦士が脱落していることが分かった。攻め込んだときの集合地で一息つくと、正規軍とレトナ軍はそれぞれの道に分かれた。主を失ったレトナ軍は、カラギ・ツヒがその役割を代行していた。ツヒの能力は誰もが知るところであり、かつ、緊急時ということもあって、皆、ツヒの指揮に従っていた。無論、戦乱の最中、本陣で何があったのかを知っているのは、インだけであった。
 往路でカインの後ろに従っていたように、インは復路ではずっとツヒの後ろに従って、ツヒの背中を見ていた。
 ツヒのやったことを、インは誰にも話すつもりはなかった。ツヒは、自分とシンとの関係を知っていた。いや、インの役目を屋敷専属へと配置換えしたのは、他ならぬツヒであった。それ以前からのインとシンとの許されざる関係を知っていたのであれば、それを煽っていたとも言える。
 それだけではない。インが来る前に、ツヒはシンからの誘惑を拒絶していた。たとえ、ツヒが、インとシンとの関係を知らなかったとしても、シンがどのような女かを熟知した上で、インという青い果実を、渇き切った熟女の前に放り投げた形になる。
 インは、カラギ・ツヒという人間そのものに、興味が深くなる一方であった。横領はほぼ間違いないと思えた。しかし、酒、女、バクチといった、ジコマ・コシやインら他の家の子がやるような遊びを、ツヒがしているところを一切見たことはなかった。デーラ・ルコは、ツヒが、誰かに銭袋を渡しているところを見たという。それが、レトナ家から横領した銭だったのかは分からない。
 レトナ家には、あちらこちらからの出所不明の流れ者がたむろしていた。インもその一人である。開放奴隷と偽ってはいたが、そんな話をレトナ・カインは鼻から本気にしないまま、召し抱えてくれた。ただ、ツヒには、そういった流れ者の雰囲気はあまりなかった。剣、槍、弓、格闘、馬術など、それぞれが道場を構えられるほどの実力であった。行軍の折の指揮も、なかなかのもので、インたちなどには縁のない学問としての兵学も習得しているようであった。無論、読み書き算術は達者であり、それゆえに、カインにも重用されていたわけである。

更新日:2017-12-17 13:25:29

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