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第十話 主殺し
 ツヒは、馬上のカインとイン、ルコがいる方向を振り返った。
「気をつけろ! 動きが止るまで、突き刺せ!」
 しかし、ツヒの目に入ったのは、馬上のカインが、一人のスドラ兵からの執拗な攻撃を防いでいる光景であった。インは、他のスドラ兵と槍を合せている。ルコに至っては、遥か後方の木立の中で、スドラ兵と、戦いというより追っかけっこの有様であった。元々の体を無くしていた本陣の中は、ツヒ、カイン、イン、そして、二人のスドラ兵だけとなっていた。
 カインは馬上から剣を振っていたが、スドラ兵の槍がカインの馬に刺さったらしく、馬が嘶いて後ろ立ちになり、カインは振り落とされた。それでも、カインは、豪気に剣を振って、戦いを継続した。
 インは、襲い掛かってくる相手の腹部に三度目の突きを入れていた。それ以前から、その兵の腹部は流血で朱に染まっていた。ここにたどり着くまでに負傷していたのは、一目瞭然であった。
(何だ、コイツら……)
人間を相手にしているという感覚ではなかった。しかし、三度目の突きで、ようやくスドラ兵は倒れてくれた。
(お館さまは?)
 インが顔を上げるとスドラ兵の背中が見え、その向こうに、倒れながらも剣を振っているカインの姿があった。態勢としては、圧倒的に不利な状況であった
(危ない!)
 インは主の危機を知ったが、その瞬間、インの耳元で、艶めかしい声でシンが囁いた。
(……『見殺しにする?』……『それとも、インが後ろから刺しちゃう?』……)
 インの脳裏に、肢体を痙攣させながら昇り詰める瞬間のシンの表情がよぎった。インは瞼を閉じると、首を左右に強く振った。再び瞼を開けると、インは槍を持ち直して握りしめ、渾身の力を込めて、その槍を前方に投げた。槍は「ヒュン」と風を切ると、一直線に空を飛び、今にも槍を突き降ろさんとしているスドラ兵の背中に「ドスッ」と突き立った。スドラ兵は崩れるように膝まずくと、カインの前で倒れ込んだ。
「お館さま!」
 叫びながらインが駆け寄ると、カインは口元を緩ませた。
「大丈夫だ。落馬したとき、少し腰を打っただけだ」
 そう言いながら、剣を杖のように地面に立ててカインは立ち上がると、インの左背後に顔を向けた。釣られるようにインが振り向くと、そこにはツヒが来ていた。
「危なかったですな」
 そう言いながら、用心深げに、ツヒは周囲を見回した。スドラ兵はすでにおらず、味方の兵の姿も本陣内には見られなかった。
「いや、まったくだ……」
 カインがそう言いかけた瞬間、ツヒが一歩前に踏み出し、剣をカインの胸部に突き立てた。
「グッ!!」
 カインは目を剥き、口元からドロリと血を流すと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。インには、何が起こったのか分からなかった。しかし、本能的に身の危険を感じ、後ろに飛び退くや、剣を抜きツヒに向かって構えた。
 ツヒは、そんなインから冷徹な視線を反らさぬまま、剣を振って、付着していた主の血を払った。インの足元に、血飛沫が散った。
 ツヒは、改めて、周囲を見回した。目撃者らしき者はいない。
「シンとのことがあるだろ。おまえもこれで良かったはずだ」
「あ、あ……」
「お館さまは、このスドラ兵に討たれた。インが、すぐさま、お館さまの仇を見事に討った……そういうことだ」
「……」
「とにかく、インは、お館さまの仇を討ったということでデンと構えて、今までのように密かにシンを可愛がっていろ。後は、悪いようにはしない」
「……」
 インは、どう反応して良いか分からなかった。ツヒがドサクサに紛れてカインを殺害した動機が、横領にあることは想像に難くなかった。この戦いが終われば、ツヒは詮議を受けることは明らかであった。ツヒは、この機会を待っていたのかも知れない。
 ツヒが振り返った。見ると、参謀格も含め、他の本陣付きの戦士たちが、続々と戻って来だした。ひとまず、突入してきたスドラ兵の排除は終わったらしい。
「ツヒ殿。まずい、早く撤退すべきだ……エッ!?」
 カインが倒れているのを見て、皆、立ち尽くした。ツヒは落ち着き払って、前に進み出た。
「お館さまは、落馬したところをスドラ兵の槍を受けた。インが仇を討ってくれたが、亡くなった。すぐに、撤退する。スクイラの方に伝令を走らせてくれ」
 ツヒの説明を聞いて、皆、緊張した面持ちで頷いた。そして、急かされるように、動き出した。それぞれ、戦場での経験は豊富である。
「行くぞ」
 インの肩を軽く叩くと、ツヒはいつものようにテキパキと差配を始めた。

更新日:2017-12-04 11:19:21

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