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第一章 奴隷の少年
第一話 凌辱
人々がクラムと呼ぶ地上世界。遥か彼方まで広がる大陸では、大小様々な国々が割拠し、あるときは戦い、あるときは和平を保ち、さらには、川の水面の泡のように、新しき国が現れ、古き国が消え去っていった。クラムでは、天上に二つの太陽が輝き、人々はそれらを「絶対神レーン」と呼び、信仰の対象としていた。
大陸の西部、広大なガルム砂漠と肥沃な平野部の境界をなすガクリルム山脈のふもとに、「サガン」という小さな国があった。そのサガン国のチェーフという地方のある牧場では、数人の奴隷を使って牧畜業が営まれていた。馬を育てて軍馬として売ったり、牛や山羊から乳を搾って、市場で売ったりしていた。
突然「バタン」と音をたてて、奴隷小屋の戸が開いた。遅い夕食が終わり、奴隷たちにとって後は寝るだけという、ほんのわずかな安らぎの時間であった。入ってきたのは、主人のキーロ・ボワイである。血走った目で、寝台などでくつろいでいる奴隷たちを見渡したが、その目は一人の少年奴隷の姿を捉えた。
「ルコ! 乳運びは、お前の仕事だったな!」
怒りと憎悪に満ちた主人の視線と声に、ルコと呼ばれた少年は思わず、脅えるように視線を反らして、下をうつむいた。茶色のちぢれた毛髪が長く伸び、面長の顔は浅黒く日焼けし、頬はこけていた。文化的雰囲気はかけらも感じられない、見てくれであった。
「樽一つ分、乳が足りない。牛舎にこぼした後があった。お前だな?」
ゆっくりとドスの効いた声に、ルコは下をうつむいたままであった。他の奴隷たちは、主人と視線を合わせまいと、皆、無言のまま、あさっての方を向くばかりであった。ボワイの体格は普通ではあったが、奴隷たちは、その冷酷な性格を、既に嫌というほど思い知らされていた。彼にとって、奴隷たちは家畜と同等の存在であった。いや、そのサディスティックな性格からすれば、感情のある奴隷たちは、迫害しがいのある対象ですらあった。目を伏せたままの他の奴隷たちの体にも、あたかも所有者を示す刻印であるかのように、制裁の傷痕があちらこちらに残されていた。
「出ろ!」
ボロ同然のデーラ・ルコの襟首を捕まえるや、ボワイは力任せにルコを戸外に引きずり出した。これから何が起こるか、他の奴隷たちはよく分かっていたが、止めに入る者はいなかった。
ただ、ルコと同じ年頃の赤毛の少年だけは、うつむきながらも、その光景を上目遣いに睨み付けていた。他の奴隷たちと同じボロ同然の衣服をまとい、痩せこけ、目は窪んでいた。しかし、その目付きは、森の奥深く潜みつつ、獲物を狙う狼のような鋭い光を放っていた。
ルコは、そのまま、彼が乳をこぼしたとされる牛舎にまで引きずられていった。言い訳をすることも、悲鳴を上げることもなく、ただ黙って恐怖感にうち震えるだけであった。松明の明かりで照らし出された牛舎には、ボワイの妻スクが待っていた。
「相変わらず、使えない子だねぇ。隣の国で一揆が起こっているから、乳だって高く売れる絶好の機会だっていうのにさぁ……」
カールのかかった銀色のヘアを額にたらしながら、スクが怯えたルコの顔を覗き込んだ。かがんで大きく開いた胸元からは、豊かな乳房がこぼれんばかりに覗いていた。スクは夫より十歳ほど若くまだ二十代であったが、男好きのする豊満な肉体は、悪女的色香を醸し出していた。
子供のいないこの妻は、淡白な夫に対してかなり性的な不満をもっていた。夫の留守中に、近隣の若い農夫を母屋に引っ張り込んでは、よがり声をあげている女であった。無論、ボワイにそのことを告げる奴隷は、皆無であった。
人々がクラムと呼ぶ地上世界。遥か彼方まで広がる大陸では、大小様々な国々が割拠し、あるときは戦い、あるときは和平を保ち、さらには、川の水面の泡のように、新しき国が現れ、古き国が消え去っていった。クラムでは、天上に二つの太陽が輝き、人々はそれらを「絶対神レーン」と呼び、信仰の対象としていた。
大陸の西部、広大なガルム砂漠と肥沃な平野部の境界をなすガクリルム山脈のふもとに、「サガン」という小さな国があった。そのサガン国のチェーフという地方のある牧場では、数人の奴隷を使って牧畜業が営まれていた。馬を育てて軍馬として売ったり、牛や山羊から乳を搾って、市場で売ったりしていた。
突然「バタン」と音をたてて、奴隷小屋の戸が開いた。遅い夕食が終わり、奴隷たちにとって後は寝るだけという、ほんのわずかな安らぎの時間であった。入ってきたのは、主人のキーロ・ボワイである。血走った目で、寝台などでくつろいでいる奴隷たちを見渡したが、その目は一人の少年奴隷の姿を捉えた。
「ルコ! 乳運びは、お前の仕事だったな!」
怒りと憎悪に満ちた主人の視線と声に、ルコと呼ばれた少年は思わず、脅えるように視線を反らして、下をうつむいた。茶色のちぢれた毛髪が長く伸び、面長の顔は浅黒く日焼けし、頬はこけていた。文化的雰囲気はかけらも感じられない、見てくれであった。
「樽一つ分、乳が足りない。牛舎にこぼした後があった。お前だな?」
ゆっくりとドスの効いた声に、ルコは下をうつむいたままであった。他の奴隷たちは、主人と視線を合わせまいと、皆、無言のまま、あさっての方を向くばかりであった。ボワイの体格は普通ではあったが、奴隷たちは、その冷酷な性格を、既に嫌というほど思い知らされていた。彼にとって、奴隷たちは家畜と同等の存在であった。いや、そのサディスティックな性格からすれば、感情のある奴隷たちは、迫害しがいのある対象ですらあった。目を伏せたままの他の奴隷たちの体にも、あたかも所有者を示す刻印であるかのように、制裁の傷痕があちらこちらに残されていた。
「出ろ!」
ボロ同然のデーラ・ルコの襟首を捕まえるや、ボワイは力任せにルコを戸外に引きずり出した。これから何が起こるか、他の奴隷たちはよく分かっていたが、止めに入る者はいなかった。
ただ、ルコと同じ年頃の赤毛の少年だけは、うつむきながらも、その光景を上目遣いに睨み付けていた。他の奴隷たちと同じボロ同然の衣服をまとい、痩せこけ、目は窪んでいた。しかし、その目付きは、森の奥深く潜みつつ、獲物を狙う狼のような鋭い光を放っていた。
ルコは、そのまま、彼が乳をこぼしたとされる牛舎にまで引きずられていった。言い訳をすることも、悲鳴を上げることもなく、ただ黙って恐怖感にうち震えるだけであった。松明の明かりで照らし出された牛舎には、ボワイの妻スクが待っていた。
「相変わらず、使えない子だねぇ。隣の国で一揆が起こっているから、乳だって高く売れる絶好の機会だっていうのにさぁ……」
カールのかかった銀色のヘアを額にたらしながら、スクが怯えたルコの顔を覗き込んだ。かがんで大きく開いた胸元からは、豊かな乳房がこぼれんばかりに覗いていた。スクは夫より十歳ほど若くまだ二十代であったが、男好きのする豊満な肉体は、悪女的色香を醸し出していた。
子供のいないこの妻は、淡白な夫に対してかなり性的な不満をもっていた。夫の留守中に、近隣の若い農夫を母屋に引っ張り込んでは、よがり声をあげている女であった。無論、ボワイにそのことを告げる奴隷は、皆無であった。
更新日:2017-10-05 13:19:36