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事件の匂い

僕には昔から人には見えないものが見える。
今も、僕の後ろには血まみれの男が立っている。
昔からこういうものを引きつけてしまう。
怖いのでしっかりとは見ることができないが、何か言いたそうな雰囲気を感じる。話を聞いてあげたほうが良いのだろうが気が進まない…。
宿題をする手を止めて、嫌々幽霊に話しかけてみる。
「すみません。何か用ですか?」
「……」
返事がない。今までの経験からすると幽霊は死んだ時の姿で現れる。何も喋らないということは、そういう状況で亡くなったということだ。ちらりと幽霊のほうを見てみるとワイシャツにスラックス姿でサラリーマンのようだった。口にはガムテープが貼られ、両手を縛られている。事件の匂いしかしない。面倒なことに巻き込まれるのは嫌だったが、このまま付きまとわれるのは最悪だ。しばらく気まずい空気が流れた…。
不意に机の上の目覚まし時計が鳴った。針は午後9時を指していた。
「ふぅ……」
口から自然とため息が漏れた。
毎日、この時間になると憂鬱な気持ちになる。隼人はタオルを持って外に出た。
外は漆黒に包まれていた。
この辺りは治安が良くないと言われているが、隼人にとっては住みやすい町だった。駅前はゴミだらけで、コンビニの前にはヤンチャそうな若者達がたむろしているが、下町というのはそういうものだろう。よそ者には分からない良さがこの町にはあるのだ。
隼人はゆっくりと走り始めた。
夜になっても気温は高く、Tシャツに汗がじわりとにじんできた。
駆け足で商店街を抜け、高校の前を通り、川沿いを走る。
「ハァハァ……」
息が上がってきた。静粛な闇の中で自分の呼吸だけが大きく聞こえる。
この時間になると人通りもなくなるから、走ることに集中できる。
ふと、気配を感じて隼人は足を止めた。
目を凝らしてみると数メートル先の塀の陰に何かがいる。
引き返そうかと逡巡したが、意を決してゆっくりと近づいていく。
近づくにつれて姿がぼんやりと浮かび上がってきた。
塀のそばには血まみれの男が立っていた。
部屋から付いてきたのだろう。
男はやはり何か言いたそうな空気を纏っている。
「あの…何か用ですか?」
男と目が合う。生気が感じられない濁った眼をしていた。
男はゆっくり、あごで路地の奥を指し示した。
暗くてよく見えなかったが、何か嫌な気配を感じた。
「すみません、急いでるんで」
隼人は男に背を向けて走り出した。頼むからもう構わないでくれと願いながら…。


更新日:2017-08-18 10:59:14

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