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第1部 2

(……? ピンポン……? )
 どこか遠くから明るい調子の高めの音が聞こえ、小陽は目を覚ました。
 寝起きのため今ひとつ状況が掴めず、起き上がることはせずに周囲を見回す。
 ここは、転入者研修センター内の寮から越して来たばかりの、アパートの3階の一室の真新しいベッドの上。
 ピンポン! ピンポン! ピンポン!
 音はなり続ける。
(何の音……? )
 ゆっくり上半身起き上がって音の方向に目をやると、玄関のチャイム用のスピーカー。
 ピンポン! ピンポン! ピンポン!
(あ、玄関のチャイムの音か……)
 続いて、ドンドンドンッ!
 玄関のドアが乱暴に叩かれ、
「小陽さん! いますかっ? 小陽さん! 小陽さんっ! 」
(…サブローさん……? )
 まだ半分以上寝ぼけた頭で、ひとつひとつ状況を確認していく小陽。
(もう研修は終わったのに、どうしてサブローさんが……? )
 ぼんやりと考えながら、偶然、時計に目を止める。その針は、10時半を指していた。
(! )
 小陽はいっきに目が覚める。
(嘘っ! ちょっと、どうしようっ! )
 昨日でお盆休みは終わり、今日はバイト初日。
 49日間の転入者初期研修期間中に面接を受け、採用され働くことのなったファミレス・「お食事処雛菊」本店に、10時までに入ることになっていた。
 大急ぎでベッドから下り、パジャマ姿だが、近所迷惑でもあるので、先ず、日向三郎が大声を上げながらドアを叩き続けている玄関へ。
 ドアを開けると
日向三郎は転がるような勢いで入って来、
「小陽さん! 今日10時からバイトだったんでしょうっ? 時間になっても来ないし、電話も出ないって、こっちに問い合わせがあったんですよ! 」
(電話? )
見れば、電話の、着信があったことを示す赤いランプが点滅している。
(鳴ったんだ……。全然気づかなかった……)
「どうして、まだパジャマなんですかっ? 寝坊ですかっ? 」
 日向三郎の捲し立てる勢いに圧され気味に、
「あ、はい」
小陽は返事。
「すぐに仕度します」
「そうして下さい。車で送って行きます。僕、下で待ってますから、仕度が出来たら下りてきて下さい」




 顔を水だけで簡単に洗い、手早く歯磨きをし、ササッと髪を梳かしてから服を着替え、手提げカバンに財布と筆記用具だけを突っ込むと、靴をつっかける感じで中途半端に履き、玄関を出てドアに外から鍵をかけ……とにかく大急ぎで仕度を済ませた小陽は、アパートの階段を1階まで、いっきに駆け下りた。
 階段を下りてすぐの所に、研修中に時々乗せてもらった見覚えのある白のセダン。日向三郎の車だ。
 小陽は助手席側の窓をコンコンとやりながら中を覗く。
 スス……と静かに窓が開き、日向三郎はチラリとも小陽を見ずに、
「乗ってください」
「あ、はい。失礼します」
 小陽はドアを開けて助手席に乗り込み、
「すみません。よろしくお願いします」
 すると、日向三郎は変わらず小陽を見ないまま、小陽の膝の上に、アンパンと飲みきりサイズの紙パックの牛乳を投げて寄越した。
「朝食、まだでしょう? 僕の昼食用に買っておいた物ですが、良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
「車だと、すぐに着くので、急いで食べちゃってください」
言いざま、日向三郎は車を発進。
 走り出した車内で、小陽は有難くアンパンと牛乳を戴くことにし、牛乳のパックにストローを挿す。
「案内員として担当した転入者の就職先から今日みたいな連絡が入るなんて初めてです。普通、無いですよ。こんなこと」
 話す日向三郎は、終始進行方向を向いたまま。
 運転中なため自分のほうを向いてくれないのは当然なのだが、小陽は、日向三郎が怒っているように感じ、
「…ごめんなさい……」
「別に怒っているわけではないですよ。反省しているんです。僕が、あなたに対して、きちんと必要な指導を出来ていなかったんじゃないか、とか……。
 実は僕、あなたのような年少者を担当するのは初めてだったんです。あなたの16歳という年齢は、通常の転入者初期研修を受けることになる最も低い年齢ですからね。15歳以下の子供の場合は、僕ら案内員と同じ指導階級有資格者の養子となって、16歳になるまで、その前に転生時期が来た場合はその時まで、じっくり育てられるんですよ。
 僕は、他の案内員の担当した歳の少ない転入者を見るにつけ、いつも思っていたんです。通常の研修で済ますことのできる最少年齢を引き上げるべきだって。何より、歳の少ない転入者本人のために。物界では、16歳や17歳は一般的には子供でしょう? それが心界に来た途端に大人と同じ扱いでは可哀想ですから」
 日向三郎は、ひたすら前を向いたまま、淡々と話す。
(……これって、本当に怒ってないの? )
 隣に座っていて、何だか居心地が悪い。

更新日:2017-08-11 06:40:28

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