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~少女とバンパイアⅡ~

【視点:リン・ダン】



 ~間抜け地蔵とでも命名したらどうだ?~

 後にそんな屈辱極まりない命名を付けられることになる、唖然とした私の面持ちは、三十秒ほどその場その状態で完全にフリーズしていた。現時点での私の体内時計からすれば、もっと長い気もしたんだけどな。

「随分早い回復だったな」

 わたしの反応に大した感慨も見せず、さも当然といった風に、他人のプライバシーもくそもなく、わたしの机の引き出しを躊躇なく引き開けていく男、もとい、先日私がその命を拾い、そしてタニーナに自宅謹慎の言い渡される羽目になった元凶であるといえるこのバンパイアは端的に呟くようにわたしが部屋に入るなり、そう述べただけだった。

「な、何でここにいんだよっ!?」
「情報を得るために取りあえずあの森から最も近い距離にあったこの家に忍び込んでみたんだが、まさかお前の家だったとはな。いや、これだけお前の臭いが染みついていなければむしろそうとしか考えられないか」

 わたしの驚きと怒りを完全にスルーして、バンパイアはぶつくさ呟きながら部屋を漁る手を止めようとはしない。ここは部屋の主としてガツンと何か一言物申すべきなのだろうが、あまりの出来事に思考がショートしてしまって何を訴えればいいのか全く思い浮かばなかった。というか、小学一年生児の私室に情報収集に役立つような物なんてあるわけないだろっ!せめてタニーナかメトリオの書斎に行けよ!

 あー、何か、ツッコむ気にもならねぇ。こういう時はどういう対応すればいいのか、皆目見当がつかん。

 だって考えてみろ?種族そのものがRL(レッドリスト)入りしているバンパイアが堂々と家探ししているんだぞ?そこへ本来ならごちそうでしかない人間の子供が飛び込んできた。もし相手がこの男でなければ、わたしは当の昔にお陀仏していたかもしれない。

(やれやれ……)

 結局のところ、怒る気にもなれず、これみがよしにとばかりに肩を落として溜め息をついてみせるしかなかった。だが男は黙々と作業を続行しており、こちらを見向きもしなかった。

「っそれっ!!」
「ん?」

 男が何を探っているのか、多少気になって手元を覗き込んでみたところ、後この腰元にアッテハイケナイモノを発見し、思わず声を上げた。

「な、何でこれがこんなところにあんだよ!?」
「この袋のことか?」

 わたしの視線の先にあるものに気づき、男はところどころ泥が付いている薄汚れた茶色の麻袋をわたしに示すように軽く触れた。ひぃ!!何でせっかく捨てたもんちゃっかり拾ってんだよ、馬鹿!!その中身が何なのか分かってんのか!?いや、わかってねぇよな。分かってたらそんな阿保なことするはずね―もん。

 それは先日、わたしが血に飢えて半分狂乱状態にあったこの男に襲われた際、咄嗟に投げた挙句突如大の大人の男、しかもバンパイアをいともたやすく吹き飛ばすほどの威力を伴う爆発を引き起こした途轍もなく危険な代物、つまり私がミトラの森でちょくちょく拾って集めていた例の光る小石がぎっしりと大量に詰め込まれた袋だった。だが今のわたしには、それはいつ大惨事を引き起こすか予測できない時限付き手榴弾にしか見えない。だから大丈夫なようにこの前捨てたのに~!!何でよりによって吹っ飛ばされた当人が拾っちゃうかな!?

「何だ?この中身が分かるのか?」

 わたしの反応が意外だったのか、男が初めて軽い驚きを浮かべつつようやく盗人作業を中断してわたしの顔をまじまじと見つめてきた。

「は、早く捨てろよ!」

 今ここで爆発でも起こされたら溜まったもんじゃない。

 焦りに任せて叫ぶが、わたしの言うことの真意を理解できない男は不思議そうに小首を傾げるだけだった。

「なぜ?」
「いいから!危ないから!!」
「何が危ないんだ?お前、この中身を一体何だと思っている?」
「石だろ!?見た目はただの石だけど、いきなり爆発するんだよ、それ!!」
「何を言って……」
「あー、もう!貸せっ!」
「ちょっ、おい!」

 わたしの異様な慌てぶりと突然の行動に男はついていけず、あっさりと麻袋をわたしに掻っ攫われる。わたしはそのままミトラの森が見える窓を乱暴に開け、袋ごと小石を捨てようとフルスイングする。―――――が、投げる途中、突然右手に乗っていた重量感が消えうせ、勢い余って思わず窓から身を乗り出してそのまま落下しそうになってしまう。

(落ちる!!)

 顔面から落下していく恐怖に思わず目を瞑るが、それよりも早く背後から腹部に手を回され、危機を脱する結果となった。

「っと、……。あぶねぇ。どういうことだ?お前、源晶石について何か知っているのか?」
「げんしょうせき……?」

更新日:2018-05-27 19:08:42

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