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【視点:リン・ダン】



「カリナ―、もう帰るよー?」
「あ、はーい!あ、あの、ダンさん……」

 母親らしき人物の呼び掛けに答えた後、エバンネは上目遣いにわたしを見上げる。とは言っても、こいつとわたしの身長は変わらないけどな。何をそんなに縮こまってんだか。

「何?」

 言いたいことがあるなら早く言えとばかりに、素っ気無い口調で先を促すと、エバンネは一瞬怯えるようにビクッと肩を揺らしたが、やがて意を決したように口を開いた。

「……今日は、その……ありがとう」
「は?」

 思わず本心からの疑問の声が漏れ出た。何に対する礼なのか、さっぱり見当がつかない。

「え、あ、その……今日、カリナ、怪我してたでしょう?保健室の場所、教えてもらったから、それで……」
「あぁ」

 ゴニョゴニョと口ごもりながら軽くスカートの裾をめくり、湿布を張り付けた箇所を見せるエバンネは弱々しくわたしに向かってはにかむ。
 一応は合点がいったので、わたしは理解したと意思表示のために頷いておいた。

「別に。もう平気なのか?」
「う、うん。しばらくは痛いかもしれないけど、思ってたよりも痛くはないし、平気だよ」
「あっそ」
「…………」
「…………」

 沈黙がハラハラと舞い降りてくる。次に紡ぐ言葉を無くし、かと言って無暗に行動を起こすことも憚られた。まるで、見えない糸で二人共々拘束されているかのようだった。

「カリナ―?」
「あ……えと…また明日からよろしく!」
「う、うん」

 エバンネの母親の声によって呪縛から解放されたかのように、わたしたち二人は互いの目的地に向かって踵を返した。



* * * * * *



【視点カリナ・エバンネ】



 ダンさんと別れた後、カリナは待たせているママのところへ急いで駆けて行く。
 手をつなぎながら、この三田市唯一の市立図書館から出るとき、やたらママの機嫌が良さそうなのを綻ぶ口元から察し、何かいいことでもあったのかと問うと、先ほどのダンさんの話を持ち出された。

「学校の子?もう友達出来たの?あんたにしては頑張ったじゃな~い」

 一言余計だよ。失敬な。全く、ママは身内にだけは毒舌なんだから。

 悪意なく茨を吐くママの言い草に不貞腐れ、カリナは道に広がる夕暮れ時の二人分の長い影を睨みつけた。

「べ、別にまだ友達になれたわけじゃないよ。席が隣なの、あの子」

 むぅ、と頬を膨らましてママの発言に抗議するようにぶっきらぼうに答える。けれどママはその光景を思い浮かべて何を思ったのか、余計に鼻息を荒くした。

「えらく綺麗な子ね。あんたと席くっつけてるところ見てみたいわ~。良い眼福になりそう」
「馬鹿じゃないの?」
「あら、だってあの子可愛くない?あれは絶対将来美人になるわよ、きっと」

 それはカリナも思った。一目見た瞬間に思った。不愛想で目つき悪くて負のオーラをムンムンに出しまくってるとこさえ除けばね!そしてそれを補って余りあるほどの美形なんだから、そりゃ隣にカリナがいるおかげでその可愛さ余計に際立ちますよ!

「うーん、タイプの違う美人が並んで揃ってるとこ、パパ見せてあげたかったわ。そうだ!席も近いんだし、ぜひお友達になりなさいよ!」
「冗談やめて」
「あら、どうして?」

 そう言って屈託ない、子供のような笑みで小首を傾げるママに頭を抱えたくなる。
 これだからうちのママは……!!
 まぁ、カリナと違ってこの無邪気さがあるからこそ、パパがいなくなっても、アメリカから親戚も伝手も何一つない、まさに新天地ともいえる日本に引っ越してきても、笑顔を忘れないでいられたわけだけど。カリナ自身、この笑顔に何度も救われた。

「絶対あの子の方が可愛いもん……。ていうか、そもそも仲良くなれる自信が何一つないし!」
「さっき普通に話してたじゃない?あれ見てママ安心したわー」

 どこが!?終始カリナびくびくしてたし、最後の方とかお互い固まってたよね!?どの場面をどう見たらそういう解釈になんの!?

 さすがに一言物申してやろうと声を上げようとすると、それを遮るようにしてまたママが口を開いた。

「それに、なんかあの子、パパに似てる気がするのよねー」
「パパに?」

更新日:2018-05-27 19:01:59

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