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~第三次「鋸(アキレア)の血」掃討作戦~

【視点:ザイル・シャノン】



「整列っ!」

 落雷を思わせるようなおっさんの野太い声が招集場一帯に木霊する。おかげでそのすぐ背後に立つ俺の鼓膜は、グワングワンとそれはもう悲惨なほどに唸りまくっていた。
 だが、それでもなお連日連夜の会議だの下準備だので溜まりに溜まってしまった寝不足による眠気を吹き飛ばすにまでは至らない。
 俺は何度もこみあげてくるあくびをかみ殺すのに一苦労しながら、一糸乱れぬ動きで見事な隊列を組む兵士たちを足場台の上から見下ろした。

 生憎の曇り空のせいでグラスグリーンで統一されたWCDの制服がやけに色褪せて見える。
 ふとそんな感想を抱きつつ、俺は九官鳥のようにギャーギャーと今回の任務の重要さと難易度を改めて懇切丁寧に兵士たちに説明しているギャスト中将殿を見やった。そんなこといちいち言わなくても、この噎せ返るような息苦しさを覚えるほどの熱気に包まれているにもかかわらず、異様なほどの緊迫感を放っている様を見れば、こいつらがどれだけの自覚をもってこの任務にあたっているのか、十二分に物語っていると思うがな。まぁ、何事も形からっていうし、別にどうでもいいか。

 あー、あぢー。
 まだ六月だよなぁ?
 なんだよ、この暑さ。このコート羽織ってるせいか?
 ったく、誰だよ。准将以上の者は官位と一緒に配布されるWCDの紋章入りのコートを公式の場では着とかなきゃいけねぇっつー決まり作ったのは?くそ、こうなるんだったらジャケットだけでも脱いでくりゃよかった。

 俺は散々心の声で過去に存在したWCDのお偉いさん方を罵倒しつつ、少しでも楽になるよう、ジャケットと同じ黒色のネクタイを僅かに緩めた。
 だがいかんせんこの暑さだ。俺の望み通り、とはいかなかった。
 ジリジリと照り付ける早朝のお天道さまにはその程度では敵わねぇってことか。
 あー、とっとと終わらせてくんねえかなぁ。

「今から今回の作戦について説明する。一度しか言わないから決して聞き漏らすことの内容に。まずは後衛部隊が奴らを閉じ込めたビルを砲撃し、完膚なきまでに破壊しろ!その後、前衛部隊が生き残りに突撃をかける!A班は正面、B班は右翼、C班は左翼、D班は背後から突撃し、奴らを一網打尽にするんだ。万が一打ち漏らすようなことがあれば後衛部隊が待機しておけ!決して討ち漏らすな!後方支援部隊は弾薬の供給および第一包囲網周辺を巡回し、逃げ出す奴がいないか目を光らせておけ!最後にレノン隊とシャノン隊だが、即時各部隊隊長の判断に任せる!だが基本的には会議で決定したとおり、レノン隊は前衛、シャノン隊は後衛を担当しろ!変更があれば随時俺と別部隊への報告を忘れるな!各班もそうだ!戦況の報告を怠るな!先日外給した隊バンパイアウイルスの特効薬を肌身離さず持っておけ!ここで奴らを袋叩きにする!全員、最後まで気を抜くな!一匹残らず駆除するんだ!以上だ!解散っ!すぐに持ち場につけ!」
「はっ!」

 ものの見事に統一された動きで手を額に翳し、敬礼をすますと、兵士たちは勇み足で既に隊列の後方に用意されていたオリーブ色の軍用車に次々と乗り込んでいった。



 * * * * * *



【鋸草《アキレア》の血】


 BL《ブラックリスト》 Lv2

 トータルメンバー 五十数匹(うちBL《ブラックリスト》 Lv1 一匹。RL《レッドリスト》 Lv1~5 十数匹)



 * * * * * *



 三年くらい前だったか?ここ数年のうち、日本におけるバンパイアによる被害が急増したのは主にこいつらが菌をまき散らしてくれたおかげだ。
 バンパイアのくせに群れて行動し、拠点も転々としているために、奴らをここまで追い詰めるのはかなり時間を食った。第一次の時から数え上げれば、かれこれ十年近くもWCD《俺たち》は奴らと鬼ごっこしていることになる。

 これほどWCDがてこずる相手ってのはそうはいない。
 奴らの非常に厄介なところは、先ほども講じたようにまずバンパイアのくせに群れて行動しているところだ。
 通常のバンパイアは単独行動を好む。二、三匹でつるむことはあっても、組織として行動するという話は聞いたことがなかった。つまるところ、単独であれば討伐はしやすいし、被害も極力少なくて済むのだが、集団で行動する『鋸草《アキレア》の血』には生来、人間を圧倒的に凌駕する身体能力を武器とするバンパイアを討伐するのに最も単純かつ有効な策であった「数の力で押し切る」方法は通用しないのだ。

 加えてもう一つ。
 情報の撹乱。これにはWCDのお偉い共も揃って不意に氷水をぶっかけられたような反応をしていた。

更新日:2018-05-27 18:53:00

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