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小説

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Ⅵ 伯林(ベルリン) ~ バッハ無伴奏チェロ組曲第1番



目が覚めると、ドイツだった。

寝台車の埃っぽいカーテンを開けると、窓一面に広がる豊かな耕地に濃い緑の森が点在するドイツの風景が朝日を浴びて輝いている。

時折、教会の尖塔を囲んでオレンジ色の屋根の家々がぎっしり集まる、典型的なドイツの村々が車窓に現れる。

タイガ(針葉樹林)がどこまでも続くロシアの大地とはまったく異なる、ドイツの穏やかな風景。
ミュンヘンを発ったあの晩秋の日から19年ぶりに見る景色だった。


伯林の中央駅には、大使館の若い二等書記官と運転手が迎えに来ていた。

荷物を自動車に積み込み、市街に向かう車の中で、二等書記官からその日の午後のおれの日程について説明を聞く。前任者は、翌日の昼には伯林を発つので、それまでに仕事の引き継ぎを済ませなくてはならないという。到着早々、予定がぎっしり入っていた。

「通常は、引き継ぎ期間を一週間くらい設けるのですが、前任の公使の奥さまが帰国前にパリに回ってお買い物をしたいとおっしゃいましてね。それで、公使御夫妻は、当地を早く出発なさるんですよね。」と、二等書記官は少し皮肉っぽい口調で言う。

人事異動が発令されれば、前任者は規定の日までにモスクワに戻らなければならない。公使夫妻は、物資が少なく耐乏生活を強いられる祖国に帰る前に、華やかなパリに行きたいということなのだろう。わかりやすい話ではある。

伯林の中心にある菩提樹(リンデン)の並木道、ウンター・デン・リンデンに面した大使館のオフィスで、大使に挨拶をした後、荷物をほどく間もなく、早速、前任者から業務のこまごまとした内容の説明を受けた。おれが公使として担当する仕事の範囲は広く、課題は山積していた。


更新日:2017-08-18 22:44:25

もうひとつの伯林(ベルリン)オルフェウスの窓ss Op.6