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小説

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Ⅱ すずらん ~ リスト「愛の夢第3番」




その後、相当苦労して歩く練習をし、歩けるようになった。
しかし、昔のように走ったり、駆け回ることは難しくなった。ボリシェヴィキ政権に反対する白軍との内戦が激しくなっていたが、戦闘に参加することはできなかった。

おれは、ボリシェヴィキの新政府で、レーニンを支える参謀的な役割を担うことになった。もともと、武闘派というよりも、政権奪取に向けて戦略を立てて同志たちと連絡、調整を進める仕事が多かったから、自然な流れでもあった。
レーニンは、おれを重用してくれた。ドミートリィ・ミハイロフの弟ということもあったのかもしれないが、かわいがってくれた。
おれは、レーニンが求める経済政策を次々と立案し、関係者と協議し、実現していった。

おれは、レーニンの側近として、経済政策や社会政策の分野で次第に頭角を現すようになった。
昔、ダーヴィトの親父さんにロンドンに連れて行ってもらったときに、LSEのサマー・スクールで労働政策や社会福祉について学んだことが非常に役に立った。社会主義体制では、生産手段は労働者のものである。しかし、資本主義でも社会主義でも、労働者にどう賃金を分配するか、労働者をどう保護するか、けがをしたり高齢になった労働者の生活をどう保障するか、やらなければならない課題は、本質的には同じだ。LSEの授業は厳しく、あんなに勉強したことはなかったが、学んだことを今になって祖国の政策の立案に活かすことができるとは感無量だった。

もちろん、こうして目立つようになってくると、妬む同僚、足を引っ張る輩も出てくる。特に、厄介だったのは、レーニンのナンバー2をめぐるスターリンとトロツキーの争いが絡むものだった。おれは、二人の間で立ち位置に気をつけながら、とにかくレーニンの助けになるよう、昼夜働いた。


更新日:2017-06-18 22:20:58

もうひとつの伯林(ベルリン)オルフェウスの窓ss Op.6