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Ⅷ もうひとつのロマンス ~ ショパン ピアノ協奏曲第1番



ダーヴィトとマリア・バルバラにもう一度おやすみを言って、ホテル・アドロンのスイートの部屋を出た。

マリア・バルバラは、おれがユリウスを連れ帰るので、少し寂しそうだったが、ユリウスの両頬にキスをして、
「あなたの大切なクラウスが迎えに来たのだから、わたくしは笑顔で送り出さなくてはね。」と優しくユリウスに語りかけている。
ユリウスも、
「うん。また、明日もここに来るよ。時々、レーゲンスブルクにも一緒に遊びに行くね。」と言って、マリア・バルバラを安心させている。

ユリウスと手をつないで廊下を歩きながら振り返ると、ダーヴィトがマリア・バルバラの手にキスをしている。
なるほど、3合目だな。というより、まだ1合目か。
そう思いながら、また上等な絨毯の上を歩く。

黒い格子の扉のエレヴェーターの前で、もう一度振り返ってみた。
なんと、マリア・バルバラがダーヴィトに向かってこぶしを振り上げている。
ダーヴィトの奴、彼女を怒らせたのか。

ダーヴィトはひょいとよけて、彼女の細い手首をつかんでいる。

ダーヴィト、おまえ、何を言ったんだ。
さっきは、ゆっくり景色を見ながら登るとかなんとか言っていたじゃないか。
おまえ、焦ると、がけから滑落するぞ。

こういう修羅場はお互いに見ないのが男同士の信義則だから、目をそらす。

エレヴェーターが到着した。
乗り込む前に怖いものみたさ半分で、もう一度振り返ってみた。

すると、二人は固く抱き合って、唇を重ねている。
ダーヴィトの大きな手は、彼女の腰を強く引き寄せ、彼女の腕は、ダーヴィトの首に回されていた。

一瞬の鮮やかな手品のようだった。
さすがはおれの親友、一気に駆け上がったな。

…よかったな、ダーヴィト。
おまえ、本気になれる女を見つけたな。

おれは、ずっと昔に、ダーヴィトを襲った不幸な出来事を忘れてはいなかった。


更新日:2017-09-08 23:29:21

もうひとつの伯林(ベルリン)オルフェウスの窓ss Op.6