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それぞれの香り

9月26日

 昨日からの雨は今朝になっても降り続いておりました。
 ベスパーで錬金術を極めている男は小雨の中、小島にある酒場「The Marsh Hall」にいました。
 酒場の主人の依頼は新しい味を追求するということでした。
 新たにブリタニアへ接続された破片世界「イオドーン」の未知の植物を使って、料理用の調味料を作りたいというものです。
 ベスパーは波止場町なのでさまざまな香辛料が各地から運ばれてきます。
 自然と料理もそういうピリッと刺激的な味わいの物が多くなっています。
 ですが、いつも同じ味だと客が飽きてしまうので、そのための研究依頼でした。

 アッカーマンは冒険者からイオドーンの見慣れない植物を手に入れて、色々と試してみました。
 数ヶ月も試行錯誤をしていましたが、先日ようやく、これなら普通の人が食べても害にならないだろう、という組み合わせを見つけました。
 こうしてさまざまな材料の調合割合を変えた香辛料の粉末は完成し、自分で届けにきたのでした。
 酒場の主人は黄色い香辛料の香りを嗅ぎ、舌の上に少し乗せてその味わいに驚いていました。
「この粉は素晴らしいな!いままでにない味わいを料理に加えるだろう。」
 満面の笑みでアッカーマンに賛辞をおくり、さっそくその香辛料のひとつを使ったスープを昼食に出してくれたのです。
 バターで茶色になるまで炒めた練り小麦粉を香辛料とあわせ、たまねぎをたっぷり使った角切りの牛肉やにんじんとジャガイモを煮込んだスープで煮溶かした料理でした。
 まだブリタニアではほとんど流通していないという、トクノの湿地帯で出来る米を蒸し上げた一皿と一緒にでてきました。
 香辛料の調合での味見とはまた違った豊かな香りと味わいで、しかも後を引く美味さの料理でした。
 その日は肌寒かったのですが、酒場を出るころには体がほかほかと温まっておりました。
 
 食事を終えて外に出ると、雨はやや強くなっていました。
 そして、しっとりとした雨の空気にほのかに甘い花の香が漂っていました。
 酒場の軒下で、顔なじみのお針子の娘が雨宿りをしていました。
 男に気がつくと赤い髪の頭が揺れて、ぺこりとお辞儀をします。
「こんにちは、アッカーマンさん。雨、すごいですね。」
「アクアさんか、こんな日に出かけるのは珍しいな。」
 アクアの内側から燃え立つような真紅の髪も、今日はわずかに濡れてぺたりとしています。
「ええ、ベスパーの船宿へ新しい敷布を届けに行ってたんです。
 保管室の雨漏りで敷布が濡れちゃって足りなくなったって。
 前から納品を頼まれてた分をみんなで急いで仕立てて、最後の敷布をお届けに行ったら雨が強くなっちゃいました。」
 彼女は降り続ける雨雲を眺めながらそういいました。
「そうか、お疲れさんだな。」

 そう話す間にも、甘い香りはアクアのエプロンからふわり、と漂ってきます。
 アッカーマンは軽く鼻を鳴らして空気の匂いをかぎます。
「いい香りがするな。」
「あ、わかります?」
 余った布地を綺麗にはぎ合わせたエプロンのポケットから、小さな麻袋を取り出します。
 見ていいですよ、と言われたので男が袋を開けると、麦の粒より小さいオレンジ色の小花がぎっしりつまっていました。
「宿のご主人からお聞きしたんですが、トクノのお花ですって。
 部屋の臭い消しに買った香り袋だけど、船宿には上品過ぎるからっていただいたんです。
 秋になると咲く木から採るんだって言ってました。
 ええと、なんといってたかしら・・・?」
 しばらく考え、思い出したのか明るく微笑みました。
「香りのいいオレンジオリーブ(Fragrant orange-colored olive)!そういってたと思います。」
「へえ、初めて聞いたな。でもいい香りだ。
 うちのちびどもの臭い消しにいいかも知れんな。雨の日はケモノくせぇんだ。」
「あはは、そんなこといったら叱られちゃいますよ。
 いつも綺麗にしてるし、私は気になったことないですよ?」
「まぁな。いつもいじめられてるから、ちょっと言ってみただけだ。」
 男はそういって肩をすくめて見せ、麻袋をアクアに返しました。

更新日:2017-06-13 12:38:11

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