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夕涼み

8月某日

 照りつける太陽は石畳を焼き、港町Vesperもうだるような熱気に包まれたある日の夕方のことでした。
「暑いでござるなー。」
 いつもは藍や銀鼠色の着物をまとう真之介も、今日は生成りの麻の絽と日よけに竹製の笠をかぶって首長官邸にやってきました。
 暑さに弱いフェレットは、冷たい場所を求めて床の上でぺたりと張り付いてます。
「ぁー、しんのすけさん、こんにちもきゅー。あーつーいー。」
「ほんと、今年は酷暑でござる。トクノでは、こんな暑い日にはこれでござるよ。」
 侍は重そうにぶら下げてきた網袋をドン!と執務机の上に置きます。
 緑と黒のしましまで、丸い物体―――とても立派なスイカです。
 フェレットは椅子から机の上によじのぼって、スイカをぺたぺたと触ります。

「んーちめたい。きもちいい。これ、どしたの??」
 ケリーはスイカに顔をくっつけて気持ちよさそうにしています。
「中元でござる。日ごろの感謝を形にして贈るトクノの習慣でござるよ。」 
「もらていいの?」
「もちろんでござるよ。先ほどまで、運河で冷しておいたのでみんなで分けて食べるといいでござる。」
「わぁい!んじゃ、このスイカちょと持ってきてくださいな。」
 真之介がスイカを再びぶら下げてケリーのあとをついていくと、首長官邸の道を挟んで隣に立つアイアンウッド亭へ入っていきました。
 宿屋の女将にスイカを預け、切ってもらうことにしたようです。

 人もまばらな食堂で一匹と一人が待っていると、洗いざらしでしわくちゃの白衣を着た見慣れた顔がやってきました。
「お?なんだ、真之介か。今日は仕事か?」
 首長補佐のアッカーマンは、今日は街の錬金術屋へ手伝いに行っていたのですが、
あまりの暑さに秘薬の在庫が痛んでしまい、新しい秘薬の手配をしてから早々に引き上げてきたのでした。
「おっちゃん、しんのすけさんからチューゲンもらったの!みんなで食べるですよ!」
「チューゲンってなんだ・・・???」

 おっちゃんが聞きなれない言葉に首をひねっているところに、女将が木の盆いっぱいに切ったスイカを盛り付けて運んできました。
 濃い赤に色づき、汁気たっぷりでとてもおいしそうなスイカです。
 種がまったくないのも珍しい物でした。
「大変立派なスイカだったので、半分は切って、残り半分はうちの氷室に入れておきましたよ。
 また明日にでも食べにきてくださいな。」
「あいがと!またくるです!」
 そうお礼を言っている間、おっちゃんはぼそっとつぶやきます。
「一体どんな食い物を食わされるのかと思ったが、スイカでよかった。」
「まぁまぁ、ショー山の麓で育てた名産のスイカでござるよ。味は保障いたすでござる。」
「どれ、ひとついただくか。」
 男は三角に切られた一切れを取り上げて、一口かぶりつく。
 そのとたん「おおっ!?」と驚きの声を上げた。
 スイカの香りこそいつもの物と変わりありませんが、種も無くて食べやすく、
濃い甘みと噛んだ時のしゃきしゃき感はまるで別物です。

「こりゃうまい。ヴェスパーの道端で売ってる奴とは大違いだ。」
「あー!ふぇれとより先に食べたー!」
 きーきーと怒るフェレットを手で制しながら、男は白衣がスイカの汁で赤く染まるのもかまわず平らげました。
「いやー、うめぇ・・・あ?先に食べたのを怒ってるんだったら、毒見に決まってるだろうが。」
「ギャーーーー!ぜったいちなう!」
 いつものように一匹と一人が喧嘩を始める様子を、出雲の若武者は変わらぬなぁと思いつつ苦笑しました。
「ケリー殿、アッカーマン殿。トクノなら川辺に縁台でも並べて涼みながら食べるところでござるが、どうなさる?格別でござるよ?」
「おー、いいな。官邸裏に木が生えてるから、そこの陰で食べようぜ。」
 ケリーの口を手のひらでかぽっと押さえて黙らせながら補佐の男は答えます。
 そのままフェレットを抱き上げて真之介にわたし、男はスイカが大盛りにされた盆を持ちました。

 運河そばに立つ木陰の草むらに、一行は座ります。
 屋外は確かに暑いですが、ヴェスパーは運河の町。
 山から来る川の水は冷たく、涼しい風が川面を渡っていきます。
 ようやくスイカにありつけたケリーは、とても大きい一切れをうっとりと食べています。
 真之介もお相伴し、二人と一匹はあっという間に平らげていきます。
 食べ終わる頃にはみんな身体も程よく冷えてきて、心地よくその日を過ごせたのでした。  

 次の日には秘書熊のもえぎや、いつもお世話になってる商人ギルド統括ルシンダも招いてみんなで食べました。
 誰も食べたことがないくらい、とってもおいしいスイカでした。
 ただ、アッカーマン一人が種無しスイカをどうやって増やすか、色々考えておりましたが実現するのでしょうか。

 そんなベスパーの一日でした。

更新日:2017-06-13 12:32:34

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