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秋雨

11月18日 雨

 秋も深まり、森の木々の葉は鮮やかに色づくある日のことでした。
「さみぃなあ…」
「寒いもきゅー…。」
 一人と一匹は、ベスパー東の野原近くにある雑貨屋の軒先で雨宿り中でした。
 以前Vesperで一人の少女を預かっています。
 彼女の裁縫屋での仕事ぶりを見たあとの帰り道、突然の雨に見舞われたのでした。
「おっちゃん、ゲートゲート。」
 フェレットは強くなっていく雨粒の撥ね返りを気にして、アッカーマンの足の後ろに隠れます。
「・・・たまには歩くっていうから、今日はゲートの巻物もってきてねぇよ。
 俺一人なら帰還(リコール)で帰るんだが。」
 補佐は切れ目なく雨が降りしきる明るい灰色の空を眺めながらため息をつきます。
「雑貨屋も今日に限って仕入れに行ってて留守とかついてねぇ。雨がちょっとやむまでここで雨宿りだ。」
「もきゅー・・・。」
 ケリーは雨よけとぬくもりが欲しくて、男のズボンの裾にしがみつきながらしょんぼりしていました。
 男も出かける前は暖かかったので防寒になりそうなのはウールのシャツくらい。
 洗いざらしのいつもの白衣が上着では寒さもしのげません。
「あー、さみぃ…なんかねえかな。」
 アッカーマンは腰のベルトにつけた革の小物入れをごそごそと探ります。
 実験器具の消毒に使っている蒸留酒でもあればよかったのですが、今日に限ってもっていませんでした。 
 残念そうに舌打ちをしてつぶやきます。
「今度からラヴァリザードの皮でも持ち歩くか。」
 ラヴァリザードとは洞窟の溶岩地帯や、火山火口付近に住んでいるオオトカゲです。
 炎を吐いて攻撃してくる凶悪な生き物ですが、それから剥いだ皮はいつまでもほどよい熱を発しているという不思議な性質を持っていました。
「あー、あれあったかいもきゅねー。ふぇれとも新しいのほしー。」
 寒さが苦手なケリーは、毎年家族同然の戦士さんに頼んで新しい皮を確保しているのですが、今年は戦士さんがイオドーンの谷の探索が忙しくてまだ獲ってきてもらえてないのでした。

 一人と一匹はしばらく無言でたたずんでいました。
 しばらくしてケリーが更なる暖を求めてもそもそとアッカーマンのズボンの裾に入り込むと、おっちゃんは素っ頓狂な声を上げます。
「うひゃっ、やめろ!くすぐってえ!」
 身体を半分ズボンの裾に突っ込んでるフェレットを抱き上げると懐に抱えます。
 いつもは日なたの匂いがする毛皮も、少し濡れて麝香めいた獣のにおいがします。
 すぐに腕から動物のぬくもりが伝わってきました。
「あー、こりゃいい。温石(おんじゃく)代わりになるな―――ちと匂うが。」
「きしゃー!」
 匂うといわれて気を悪くしたケリーは、牙を剥いて威嚇します。
 ですが故人となった師匠そっくりの手つきで撫でられるとうっとりとしてしまいます。
 やがてフェレットはそのままうとうとと眠りはじめました。
 こうなると髭を引っ張ったくらいでは起きません。
 人間の補佐は重いな、とは思いましたが、生き物の程よい暖かさが心地よく、ただ黙って雨がやむのを待ちました。

 小一時間ほどして雨はようやく止み、夕方に吹く海からの冷たい風で霧が出始めました。
 濃霧になる前に、と男はフェレットを抱きかかえたまま家路に着いたのでした。

 雨は冷たいですが、穏やかなベスパーの一日でした。

更新日:2017-06-13 12:19:20

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