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花盗人の甘いためらい

━━━都

静寂の夜が辺りを包む

夜陰に紛れて妖狐蔵馬は、人間の屋敷にある桜の木に魅入っていた

蔵鬼矢は桜が好きだったな…律姫の庭にも、こんな立派な桜があったな…

そんな事を思い出しながら

そっと、桜の花を摘んだ

櫻「どなた?」

人間の屋敷の方から女の声がした

蔵馬は振り向くと、声を失った

白い白皙の肌の色に、どこか猫目な大きな瞳に小さな唇、長い黒髪

麗しい人間の女が、そこに立っていた

齢は30代半ばから後半ぐらいだろうか…?

そんな女もまた、銀狐の蔵馬に目を奪われていた

白い平安貴族の装束の妖を…

長い銀髪、琥珀色の瞳、白い白い素肌━━━なんて美しい妖なのだろう…

見た事も無い程、美しい狐に女は言葉を発した

櫻「綺麗…」

その一言にハッとした蔵馬は逃げ出そうと動いた…が…

櫻「あの…!そなたは誰?」

その問い掛けに思わず声を出していた

蔵馬「オレは銀狐の…」

名前を言う寸前で押し黙る

櫻「銀狐… 狐の妖ですのね…今まで見た事もないくらい美しい方ね」

蔵馬「そなた、名は?」

櫻「櫻…と、申します」

蔵馬「櫻…綺麗な名だ」

そう言って蔵馬は高く跳ねた

塀の上に立った蔵馬を見て、去って行ってしまうと悟った女・櫻は慌てて尋ねる

櫻「あの…わたくしのお命を奪りに来たのではないのですか?」

蔵馬「違う…」

見れば青白い女の顔…病に侵されている人間の顔だ

律姫のように…

蔵馬が背を向けると櫻は、また尋ねてくる

櫻「また…明日、ここへ来てくれますか…?」

蔵馬「………」

蔵馬は無言のまま、その場を去って行った

櫻「あ…」

行ってしまった…

美しい狐…美しい妖…美しい、美しい方…

(続く)

更新日:2019-06-16 18:15:36

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